第129話 華やかなれ

 日が暮れた頃町の中心にある広場に向かうと、そこはまるで縁日のようだった。


 色硝子のランタンに灯された光で昼間のように明るい。それでいて何色もの明かりが混ざり合い幻想的な雰囲気だ。


 屋台が所狭しと並んでいるが、これはみんな無料らしい。メネウを知る人も知らない人も、それぞれが美味しそうに屋台の料理を口いっぱいに頬張っている。


 町中に張り巡らされた水路には水灯篭が流され、それをゴンドラに乗った人々が嬉しそうに眺めている。


 もはや送別会というよりはすっかりお祭りである。


「おっ、来たな主役ども」


 冒険者ギルドのギルドマスターも杯片手に陽気に迎えてくれた。


 広場の中心では楽しげに着飾った女の子たちが踊っている。伴奏は手拍子と歌詞のない歌だ。エリーも珍しく裾の長いドレスを着て、楽しげに踊る一団に混ざっている。


 その中心近くに行くと、ギルドマスターが大音声で宣言した。


「この町の恩人、メネウ一行の旅路を祝して!」


「「「乾杯!!」」」


 あちこちでジョッキを交わす音が響いた。


 メネウは興奮に頬を紅潮させて、ラルフも悪くないという顔をして、トットも煌びやかな夜に目を輝かせて、モフセンはいつも通り笑いながら。


 それぞれ配られたジョッキを掲げた。


 歓声が上がる。


 最高潮に盛り上がった祭に華を添えるべく、メネウは絵筆とスケッチブックを取り出した。


「じゃあ俺も、この町の平和と繁栄を祈って」


 描いたのは光の粒。


「召喚」


 夜空に煌く星がそのまま降ってきたような、銀色にも金色にも光る光の粒が、町全体に舞い降りる。


 触れるとパッと弾けるそれは、熱の無い線香花火のように儚くも美しい。


 子供が両手を上げて光の粒に触ろうとする。


 大人達も掌や肩に当たって弾ける光の粒に、あちこちで歓声があがる。


 いつの間にか人が増えていた。光の粒が舞い落ちてきて、広場に足を向ければ楽しげな歓声と笑い声。


 戦争があったばかりである。悲しみに沈んでいた人も少なからずいたはずだ。


 そんな人々のもとにも光の粒は奇跡のように舞い降りて、手の中でパッと弾ける。


 メネウは飲み食いしながらも、そんな人たちが広場の端に集まってくるのを見て、今度は杖を取った。


(優しい魔法がいい。そう、いつか資料で見た、外国の景色のような)


 女の子たちが踊る広場の中心に進み出ると、自然と人が割れてメネウが中心に立った。


 メネウはありったけの優しさを込めて杖を掲げる。


 灯りのランタンが揺れ、水路のゴンドラが心地よく揺蕩い、灯篭が空の上に舞っていく。


「わぁ……」


 最初は小さな女の子だった。感嘆の声は徐々に広まっていき、メネウはその灯篭がこの町に生きている人皆に、優しく灯りを灯すように願いながら、風魔法で空高く舞い上げていく。


 光の粒と相まって、幻想的な空に広場の人たちも、家から窓の外を覗く人たちも、ゴンドラから見上げる人たちも、口を開けてその光景を静かに、時に歓声をあげながら眺めていた。


「やりすぎじゃないか?」


 ラルフがメネウの横に来て、彼には珍しく冗談めかした声で告げる。


「いいんだよ、お祭りだから」


「そうか。偶には、いいな」


 メネウは最後に、両手で杖を握ると空高く舞った灯篭全てに魔法を掛けた。


「このくらいやらなきゃね」


 灯篭の一つが弾ける。


 光の花が咲き、一瞬で花弁が散るように落ちていく。


 順番に、一つずつ。


 空に花が咲いては散っていく。


 メネウの精一杯丁寧な魔法に、町中の人たちは皆釘付けだった。


 そして最後の一つが大輪の花を咲かせて散り、少しの静寂が町を包み……。


 大歓声があがった。


「奇跡の人メネウに!」


「ありがとうな! いい旅にしろよ!」


「お前が治してくれなきゃ俺はこの手でジョッキを持っちゃいなかった! ありがとう!」


 メネウは広場の真ん中で揉みくちゃにされた。それでもやってよかったと思っている。


 いつの間にか広場の中心に押し込められたラルフとトットとモフセンと、着飾った女性たちと一緒にでたらめなステップを踏んだ。


 酔っ払いたちの歌声に合わせて、拍手に合わせて、その晩月が傾くまで、踊って食べて飲んでの大宴会は続いた。


 翌日、朝早くに眠い目を擦りながらメネウたちは商業ギルドに向かった。馬車を返してもらうためだ。


 アーティが、また来たら俺のゴンドラに乗ってくれ、と見送ってくれたのを最後に、メネウたちは静かに出立した。


 まず目指すのは信仰都市ラムステリスである。街道沿いに行けば数日で着くだろう。


 馬の調子も良さそうである。


 昨夜の大騒ぎの結果か、早朝の町はしんとしていた。


 幌馬車に乗り込んで、御者はモフセンが買って出てくれたので、後ろのドアを開いて町を見ながら門をでる。


「さよなら、ジュプノ。またくるからね」


 こうしてメネウたちはジュプノを後にした。

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