第126話 大歓迎

 腹拵えを済ませた後、来た時と同じようにアーティの操船でジュプノへと向かった。


 今度はトットに酔い止めを描いて渡したので船酔い対策もばっちりである。それでも具合悪そうに横になっていたので、徹底的に船が苦手なのだなと思ったものだが。


 ジュプノの船着場が近付いてくる頃、メネウは目を細めて港を見た。何やら黒い。黒いものが動いている。


「なんか、すっごい人がいる……」


「祭りでもあるのか?」


「いや、特にそんな予定は無いはずだけど……」


 ラルフの問いにアーティも首を傾げている。


 何百人という人が港を埋め尽くしているのが見えてくる頃には、その人たちが皆屈強な男たちだと分かった。


 船が近づくにつれ、「おーい!」と声を張り上げながら、男たちは手を振った。


 ポカンとした顔でメネウは手を振り返し、ラルフは何やら嫌な予感に苛まれ、平然としているのはモフセンとセティだけだ。トットは撃沈中である。


 船着場に船が着くと、我先にと男たちが押し寄せた。桟橋壊れそうなんですけど。


 セティから順に降りていき、最後にメネウが地面を踏むと、ワッと歓声が上がった。意味がわからない。


「あ、あのぉ、この騒ぎは一体……」


 控えめにメネウが尋ねると、男たちは口々に語り出した。


「にいちゃんだってな!俺たちの怪我を治してくれたの!」


「無くなった腕が生えてきた時には目ん玉ひん剥くかと思ったが、ありがてぇ!あんたは恩人だ!」


「俺もだ!昔に農具で脚をやっちまって義足だったんだが、今じゃまた自前の脚で歩けるようになった!」


「ギルドマスターの野郎、中々口をわらねぇから苦労したぜ。数で押し寄せてなんとかかんとか聞き出したんだ。にいちゃん、ありがとうな!」


 話を整理すると、メネウが戦後処理で治療舎に行った時に怪我を治した兵士達らしい。そしてそれをやったのがメネウだとバラしたのはギルドマスターと。


(守秘義務!守秘義務違反!)


 心の中で文句を叫びながらも、ありがとう、ありがとうと迎えられるまま港近くの酒場に連行されてしまった。


 メネウは別に、この人達を助けたくてやったわけではないのだ。ただカプリチオに行くのに必要な事だからやったのであって、ここまで感謝される謂れが無い。


 しかし、無碍にしたら袋叩きに合いそうな雰囲気である。


 船酔いからようやく立ち直ったトットも男たちに囲まれていた。トットの薬で助かった人たちだろう。


 ラルフ、モフセン、セティも一緒になって歓迎され、先に座らされるとエールと山のような料理が運ばれてきた。


「奇跡の恩人に!」


「恩人に!」


 酒が行き渡ったところで男の一人が叫ぶと、皆が一斉に木製のジョッキを掲げた。


 後はお祭り騒ぎである。


 誰かが楽器の弦を爪引き、それに合わせて男たちが踊り、酒を煽り、メネウに押し掛けては酒を飲ませ、飯を食い、メネウの皿にも頼んで無いお代わりがどんどん盛られ……。


 這々の体で酒場から抜け出す頃には、メネウの腹はパンパンに膨らみ、空はすっかり夜の様相を呈していた。


「……吐きそう」


「食い物を無駄にするな」


 そういうラルフもやたら飲まされ食わされで腹をさすっている。歩くのでやっとだ。


「すごい歓迎でしたね……」


「年寄りに何杯飲ませる気じゃと思ったがの」


 こちらも満腹のトットが苦笑いをこぼし、文句を言いながらもモフセンは平然と歩いていた。


「いやー、タダ飯ほどうまいもんはないね!」


 一人元気なセティが、満腹感に心地好さそうに背伸びをした。


 メネウが恨めしげにセティを見る。上手いことしなを作りながら高い酒を飲み、料理もそこそこに宝石を捌いていたのを見ていたからだ。


「セティは懐も潤ったからご機嫌なんでしょ……」


「そりゃあそうさね。戦争の後の軍人なんて報償金をたっぷり持ってる金蔓だよ?商売するにはもってこいさ」


 大方、戦争が終わったら求婚するんだ、だの、故郷のお袋に何か買ってやるんだ、だの言っていた男たちにうまく売り付けたに違いない。


 特別な宝石である事は間違いないし、セティも弁えるところは弁えている。無茶な値段では無かっただろうが、ボロい商売だったのは想像に難くない。


「こんだけ遅くなっちまったらギルドも閉まってるだろう。今日は解散して、明日またギルド前で待ち合わせたらどうだい?」


 ちゃっかりメネウたちに混ざってご馳走をたらふく食らったアーティがそう提案してきた。


 メネウたちはそれで構わないが、セティはどうだろうかと目をやる。


「アタシもそれで構わないよ。今回はメネウに押し付けるって訳にもいかないしね」


 何せ閉鎖中のダンジョンに特例として行かせてもらったのだ。せめて帰還報告くらいはしなければ冒険者としての信用に関わる。


「……ありがとう、かぁ」


 メネウは満天の星空を見上げてポツリと呟いた。隣を歩いていたラルフが不思議そうな目を向ける。


「いや、俺、別に言われたくてやったわけでも、あの人たちのためにやったわけでもないからさ」


 なんか複雑で、と苦笑いするメネウに、ラルフは深々と溜息を吐いた。


 コミュニケーション不全で、どうしようもなく情緒に欠ける。少しは成長しているのだろうが、メネウにはまだまだ何か足りないような気がして仕方がないという溜息だ。


「メネウや、何も誰かのためにした事だけが感謝される理由にはならんぞ」


「そうなの?」


「儂らも飯を食うときは協力して支度するじゃろ。それぞれ、自分が飯を食うためにやっとる事じゃ。それでも、誰かが自分の分の食器を用意してくれたら、感謝するじゃろ」


「あぁ〜、確かに。それもそうか……じゃあ俺は、彼らの分の食器を用意したから、ありがとうって言われたんだ」


 些か申し訳ないような気持ちを抱いていたが、モフセンの言葉にメネウは得心がいったようだ。


 そっか、それならいいや、と嬉しそうに呟いている。


「アタシは明日報告し次第さっさと街を出るけど、あんたらは大変だね。さっきの兵士たちにも声を掛けないと一生恨まれるよ」


「げっ」


 あんな盛大な宴をもう一回やる事になるとは思っていなかったのだ。思わずかえるが潰れたような声が出た。


 いくつもの橋を渡って細い道に出た所で、セティの宿屋はこっちだからと別れた。


 メネウたちはもう少し歩いてから、アーティの船に揺られて宿屋に帰る。


 明日何をどう報告しようか、という事は今は考えない。


 誰かの食器を用意した。それが何だか、擽ったくも誇らしく思えた。


 メネウはゆったりと流れる船の上で、もう一度星空を見上げた。

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