第124話 セティ

「話すと長くなるんだが、話さなければ駄目か?」


 セトは実に面倒臭そうな様子でそう告げたが、ここはもちろん話してもらわなければならない所である。


 セケルは『神の手を離れているから権能が使えない』と確かに言った。信仰都市ラムステリスで現界するのがやっとだと。


 ここはラムステリスでも無ければ神の手の届く場所では無い。


 なのに、セトはセティという存在によって現界を果たし権能を使った。


 どうしても説明の欲しい所である。その思いを込めて全員の目がセトに集まった。


「……駄目か。わかった、話そう。まずこの女……俺の娘セティの生い立ちになる」


 セトは旅人の神として砂漠に神殿を持っているという。神殿はいつしかダンジョンと化し、そのダンジョンの周りにはオアシスがある。


 オアシスであり、神殿でもあったものは旅人が崇める。セトの信仰はそこに根付き、セトはそこでならばある程度の権能が使えたらしい。例えばそう、ジャッカルに身を宿して現界するような。


 そのオアシスに、あるキャラバンの一団がやってきた。砂漠超えに赤子連れは辛いものがあったのだろう。そのオアシスに赤子を捨てて行ったという。


 ジャッカルの姿で現界していたセトがそれを見つけたのは、陽が落ちかけた時だったという。


 砂漠の気温差は激しい。日中は灼熱のように熱く、夜は芯まで凍るほど冷える。


 慌てて神殿の中まで咥えて帰った。


 赤子の名など、当然セトに分かるわけがない。もしかしたら最初からなかったのかもしれない。何の書き置きひとつ無かったのだ。


 夜になれば赤子は死ぬ。


 その前に誰かに見つけられれば生き残れるかもしれないが、それは非常に低い確率だ。


 そしてセトは、泣く赤子を前に暫く考えた。


 旅人の守護神ではあるが、赤子を旅人としてよいものかどうか。別段育てる義理もなければ、特に見捨てる理由も無い。


 生きようと小さな手でもがき、懸命に乳を求めて泣く姿を見て、人生という旅に放り出された旅人のように見えて、育てることに決めた。


 育てるとなれば名前がいる。人手もだ。


 人手はダンジョンの魔物でなんとかすれば良いだろう。だから今考えるべきは名だ。


 その際に与えた名が、セトの別名であるセティである。名と共に加護と守護を与える意味があった。


 そうしてダンジョンでセトと魔物によって育てられたセティは、物心がつく頃、砂漠から一番近い町へと置き去りにされた。


 人生の旅路を歩くのは、あくまでセティである。セトは最低限助けてやったに過ぎない。


 それでもセトはセティを見守った。


 最初は人の常識も言葉も覚束ない孤児ではあったが、それこそまだ言葉を発し始めるような子供である。


 孤児院に連れられていき、そこで生活するうちに、すぐに人としての生き方を学んで行った。


 やがてセトたちのことも忘れるだろうと思っていたが、加護を与えたせいか、そうはいかなかったらしい。


 大人になる頃には戦う術を身に付け、幼い頃に育ったはずのダンジョンを見つける、という旅に出た。


 セトの加護のせいもあるだろうが、どこまでも旅人なのである。


 セティの旅は順調だった。己の力量を知っているから無茶はせず、着々と力をつけていった。


 そんな中、メネウがこの世界に転生し、そしてアペプという問題が起きた。


 幸いセティはメネウたちの近くにいる。セトは、セティを依り代にメネウたちを守る為に降りてきていたのだという。


「平時はお前にはセケルとホルスの加護がある。何かあるとすればダンジョンの……古のダンジョンでの事だろうからな。幸いセティはダンジョン巡りをしている。常にはセティの意識の裏側にいて、俺は出てこない。俺が出てくるときは、セティは俺の裏側にいて出てこない。この会話も覚えていない。メネウ、俺はお前を守る義務がある。だがセティには無い。変わらず接してやって欲しい」


 そう話は締めくくられた。


 勝手にセティの半生を聞いてしまったのはまずかったかもしれないが、話には納得できた。つまりは、セティはセトが現界できる器なのだろう。


 その為に無意識に巻き込んでしまっていたと言うのはメネウとしても考えたいところではあるが、あくまでそれはセトの意思であるらしい。


 セティとセトの関係については二人の問題だし……、と腕を組んで考えていたところでメネウの頭は限界を超えた。


「わかった。セトがここにいる理由とか何で助けてくれたのかは。セティには内緒にしておけばいいんだね?」


「そういう事だ。娘には悪いがまだしばらく間借りさせてもらう予定だしな。娘の旅は娘の旅、邪魔をしたくは無い。多少進路はいじらせてもらうが……」


「俺たちとダンジョンに潜るように?」


「そうだ。だが、それだけだ。何も無ければ俺は出てこない。だがメネウよ、異邦の旅人よ、いつも見守っているぞ」


 セトはそう言い残すと、セティに身体を返したようだ。意識の裏側とやらに沈んだのだろう。


「……ん?あれ?襲ってこないのかい?」


 いつのまにか状況が変わっているのを見て、セティは拍子抜けしたように頭をかいた。


「セティは流れ足に当たって気を失ってたんだよ。モフセンの結界があったから無傷だったけど。もう大丈夫、ダンジョンも元どおりになるみたい」


 メネウの説明で一応の得心はしたようだが、それでも不思議そうに頭をかいている。思う所があるのかもしれない。


 だが、これ以上の口出しはボロを出しかねない。メネウは黙って話を聞いていた巨大な水の精霊に向き直った。


「さて、カプリチオ。君を描いてもいいだろうか」


「えぇ、喜んで。兄弟よ、どうか私を貴方の1ページに加えてください」


 水の精霊を描くということは、水そのものを描くという事である。


 メネウは絵筆を取ると、その事に胸を躍らせた。


 多少のトラブルはあったものの、メネウの本懐はここにある。


「じゃあ、またみんなはお茶でも飲んでて!俺お絵かきするから!」


 楽しそうに言って、メネウはお茶の道具を出すと、床に座り込んでカプリチオたちに向き直った。

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