第118話 見果てぬ夢

「終わりました」


 冒険者ギルドにて疲れ果てた顔で報告したメネウに、ギルドマスターは目を見開いて一度瞬きをすると、ぽかんと開けた口を閉じた。


「治療、衛生管理、魔物、どれだ?」


「ですから、全部。終わりました。散々でしたよ……」


 昨日、魔物の大群を退け草原にした後、治療舎に向かった。


 そこには医療ギルドの関係者及びに元患者、湯浴みをして臭いの取れた低級冒険者がいるからだ。


 代表に魔物の件を話して人手が要る事と作業内容を伝えると、喜んで協力してくれるという。リハビリにもちょうどよいだろうという事で、主に元患者がえらく協力的だった。


 お陰で今日、数千人で広いハヒノフ平原で結晶拾いを行うことができた。


 ただ、もちろんメネウたちもその作業に当たらねばならず……中腰で草をかき分けて小さな結晶を探すのは、戦闘や旅とは別の疲労が溜まったようである。


「ぜ、全部?!……ちょっと待ってろ」


「ソファ使ってもいいですか?」


「好きにしろ!……おい、誰か!」


 一行は好きにしろとの言質を取ってソファに腰掛けた。ギルドマスターのヴァンは声を張り上げながら部屋から出て行ってしまったので、だらしなく背凭れにもたれかかる。


 恐らく、本当か、と聞かなかったのは、これだけ突拍子の無い嘘を吐くならばその確認が無意味だからだ。


 そして、メネウたちは交換条件に閉鎖中のダンジョンに行きたいと言ってある。ギルドの認識票でランクも確認済み、身元も抑えてあるのだから嘘だったならば悪質だ。そしたら改めてギルドの監視下で罰として奉仕させれば良いし、そうで無いなら……万々歳である。


 意味の無い確認をする暇も惜しい。今頃医療ギルドと治療舎、そしてハヒノフ平原に人をやっているはずだ。


 馬を飛ばしても1時間はかかるだろう。その間メネウたちは休むことにした。


 メネウとトットは椅子で撃沈しているが、比較的元気なのはラルフとモフセンだ。訓練と農作業の慣れからくるものだろう。


 意外にもセティも平気そうにしていた。


「アンタら体力ないねぇ。そんなはずないだろうに」


「俺はルーティンワークとか単純作業をしてると頭が痛くなって逃げ出したくなる衝動にかられるんだよ……それを我慢するのが本当に疲れた」


「僕は本当に体力無いからへばりました……」


 薬草採取の為なら何時間でもフィールドワークをするトットにも、雑草をかきわける物探しは単調すぎてつまらなかったのだろう。肉体疲労が色濃く出ている。


「俺はひたすら無意味に穴を掘って、規定の大きさまで掘ったら埋めるという、忍耐力の訓練があったからな」


「やーめーてー、そんなの聞いてるだけで吐き気がする」


「農業は植物と動物相手じゃからの。僅かな変化を楽しむのがコツじゃ」


「そ、そっちの方がまだ……」


「アタイは昔は何でもやってたからね。単純労働ドンと来いさね」


「そういえば、汲み上げとかもやってたんだっけ?でも今はダンジョン巡りをしてるんだよね、どうして?」


 メネウが思い出して尋ねると、セティはちょっと笑って教えてくれた。


「アンタらにはいいか。……アタイはね、ダンジョンに育てられたのさ」


「へ?」


「どこの生まれなのかは分からない。ただ、アタイは産まれてすぐにダンジョンに捨てられたのさ。多分その頃はギルドが管理してないダンジョンだったんだろうね、そこの1番力を持った魔物……神獣?精霊?何でもいい、それがアタイを育ててくれた。ま、所詮はアタイは人間だからね、物心着く頃には人間の村に預けられたから記憶は朧げだけどね」


 鳥が人に飛び方を教えられないように、魔物はセティに人の営みを教えられない。だから二本の足で立ち、言葉を覚える頃に人に預けた。


「そして色んな労働をしながら生き延びた。悪くなかったよ、村のみんなが親代わりさ。でも本当の親……守られなければ生きていられない時に守ってくれた親は、ダンジョンの魔物さね。アタイはそのダンジョンを見つけたい。見つけて、恩返しがしたい」


「セティがダンジョンに拘るのはそういう理由だったんだね」


 メネウの言葉にセティは「そうさ」と笑う。


 誰にも言ったことがなかったのだろう。この世界は逸脱を嫌う、それは幼子であっても、赤ん坊同然でこの世界に放たれたメネウであっても、すぐに理解できたことだ。


「まだギルドの管理下に無いダンジョンだったかもしれないし、今管理されているダンジョンかもしれない。アタイの見果てぬ夢さ」


 諦めるつもりは毛頭無いという表情でセティが言う。メネウが何か言おうと口を開いたところで、部屋のドアが開いた。


「どんな魔法を使った」


 ヴァンの顔が怖い。メネウは自然に降参とばかりに手をあげて答えようとしたが、ヴァンが掌を出してそれを抑える。


「いい、言うな。聞いたら俺らの1ヶ月が馬鹿に思える」


 ならば正体不明の奇跡で押し通したい。


 ジリ貧だった。絶対に終わらない仕事、どこかで破綻が来る予感、それでも取り組まなければならず、何をもって優先順位をつければいいのかも手探りでやってきた仕事だ。


 一つ片付けば何とか先が見え、二つ片付けば御の字だった。それが三つ、大きな問題がまるで無かったかのように消えた。


 ランクとしてはまだAでもない冒険者だが実力は折り紙付きだ。Aランク冒険者に頼んでもこうはいくまい。冒険とは違う才能を求められる仕事だったのだから。


「お前らなら、大丈夫かもな」


 ヴァンは戦後処理の処理を思うと、それはそれで面倒だと思わずにはいられないのだが(資金源である国に報告書を上げねばならない、多分に奇跡という言葉を書くことになるだろう)それはそれとして約束は守らなければならない。


 死地に送ってしまうのは惜しいが、約束は約束である。そして、彼らが死ぬ予感が全くしない。


「あー……、そこの。黒いの。えーと……」


「メネウです」


「そう、そうだ、メネウ。お前たちのカプリチオ行きを許可する。生きて帰ってこい」


「よっしゃ!」


「やったね!」


「船は手配してやる。出発は3日後だ。精々準備を整えておけ」


 はしゃいで騒ぐメネウ一行を執務室から追い出したギルドマスターは、さてと曖昧な内容の報告書作りのために机に向かった。

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