第42話 仮面Zの思惑

「おじゃましまーす……」


 静まり返った館の中に入ったメネウ……Zは、一応辺りを警戒してみたものの、動くものの気配はほぼ感じられない。


 正確には3名ほど一階に動く気配を感じたのだが、内2名はYとZだろうし、一人くらいなら何とかするだろうとたかをくくった。ある程度は想定内である。


 騎士ギルドに息をかけなければいけないというのは、裏を返せば『騎士ギルドに見つかる程度の力』しか無いのだ。


 それならばマムナク達はあんな目に長年あわずに済んだ。という事は『風の一家は関係ない』と仮定できる。


 騎士ギルドに見つかる程度の悪事を働く戦力ならばXとYの敵では無いし、風の一家の風暴団の一人だとしても今回は殲滅する必要はない。用があるのは領主だからだ。


 Zにとってはトットの母親の奪還とトットの今後の自由の保障が遂行すべき目標で、違法魔法薬は割とどうでもいい。


 そんな物に手を付ける人間の気持ちは分からないし、ばったりぶつかってもいない人間を助けるという程、Zは傲慢でもなかった。


 ただ、トットの自由について約束や証書を交わした所で領主が守るとも思えないので、領主失墜が必要なのだ。


 追いかける力を失くさせて仕舞えばいいのである。


 風の一家はZたちを追い回しても損だと思ってもらえればそれで良いので、出てきてもらえれば好都合だった。が、それはたぶん、XとYの方に行った。


 自分は作戦通りに寝息の聞こえる各部屋を無視して、エントランスから二階へ続く飾り階段を登る。


 事前にYから聞いていた通りなら、右手の奥まった部屋が目当ての部屋である。


「奴が爆破魔だ! 捕らえろ!」


 二階には当然見張りの兵士や冒険者の残党が居たが、Zはあっけなく無力化する。


「爆破はしたけど、あれは演出なんだけどなぁ」


 兵士の槍がZに向かって突き出されると、その穂先の付け根を掴んで槍を奪い、そのまま柄を棍棒のように振り回して背後から迫る冒険者の鳩尾を突き、返す動きで槍の持ち主の兵士を打つ。


 兵士の後ろで構えていた冒険者が放ったボウガンの矢を全て片手で捌いて矢が切れた所で軽く顎を揺らすように殴り、その隙に背後から迫ってきたナイフ使いの刃を天井近くまでの跳躍からのバク転でかわして背後を取り、腕を捻り上げた。


(これで二階の戦力は……あ、領主の近くにもいるな。風暴団の人かな?)


 Zは彼らの意識は奪わず、動けなくなるほどの攻撃もしなかった。彼らにはやってもらう仕事がある。


 捻り上げた腕を掴んだまま床に押し倒し、背中に膝を乗せて抵抗を奪う。


「はい、みなさん聞いてください。この後領主と話したら、俺はこの館を燃やします」


「?!」


「な、何言って……頭いかれてんのか?!」


 Zは腕を捻りあげる力を強くした。床に這いつくばらせた男が太い悲鳴をあげる。


「君たち違法魔法薬の事知ってて雇われたんでしょ? 兵士さんもそうだよね? イかれてるのは俺じゃないでしょ」


「……」


「まぁどっちにしろ館を燃やすのは事実だから、一階でグッスリ寝てる人たちを外に運び出してください」


「何で俺たちが……」


「助けなかったら焼け死ぬけど、俺はちゃんと依頼したからね。これも貸してあげる」


 片手でスケッチブックを取り出すと、予め用意して置いた物を3枚具現化する。


 それは、空飛ぶ絨毯だった。8畳部屋を覆えるほどの大きさの、金の房飾りが着いた真紅の絨毯が、一階のエントランスの上にフワフワと浮いている。


「あまり時間は無いけど、これなら一度にたくさん運び出せるから。みんなで手分けすれば良いし、起きれる人が居たらその人にも手伝わせて。これを持ち逃げしても館に火を放ったら消えるから意味がないからね。早めにしてね? 人殺しにはなりたく無いだろ?」


 火を放つのは自分なのに、殺すのは自分では無いという暴論だが、それは圧倒的な力の前では反論が許されなかった。


 たしかに、敵だというのに、この謎の仮面男(目の前に居るのに全貌は全く掴めない)は武器を向けられたのに命をとる気が感じられない。


 真正面から堂々と乗り込んでおいてこの甘さだ。死ぬ気でかかっても勝てるわけがない、という底知れぬ恐怖に包まれている。


「……分かった。我々が回収しよう」


「うん、よろしくね。取りこぼしがないようにして、全部屋見て回るように」


 兵士の言葉にZはやっと足元の冒険者を解放すると、よろしくね、と言って領主の部屋へ悠然と歩いて行き、両開きの扉を無造作に開けて中に入った。


 残された冒険者と兵士は、痛む体を奮い立たせ、二手に分かれて館の一階で寝ている人間を回収しに向かった。


 暴論であろうと一階の人間の命は彼らに掛かっている。やるしか無い。


 そしてメネウは、そんな忙しない救助活動をしている間に領主と対面していた。


 飾り窓の前に置かれた執務机に領主が、客人応対用のソファに風暴団の男が一人、分かっていたように落ち着いてZを迎え入れた。


「何なのだ? お主……、一人で館を制圧したか」


 3人ですよ、とは言わなかった。


「して、何が望みだ?」


「あ、風暴団の方ですか?」


 領主の言葉に耳も貸さず、Zは風暴団の男に声をかけた。


 黒髪に細い眼鏡、黒いローブを着た男は大儀そうに脚を組んで座っていた。眉間に皺を寄せてZを睨め付けている。


「その仮面、なんだ?」


「匿名希望なんです」


 どうやら認識阻害に抵抗を試みていたようだが、早々に無駄を悟ったようだ。


 集中力を屈指してZとの会話を成り立たせる。


「そうか。オレは風暴団でこの地域担当のアーガスだ。何の用だ?」


「こちらの領主には退場していただくので、この街から引き揚げてください」


「何言ってんだお前?」


 言うが早いか、アーガスは躊躇いなくダガーを投擲した。が、Zは危なげなくそれを指で挟んで受け止める。


「俺の個人的事情でこの領主にこの位置に居られると面倒臭いんですよね。風暴団が背後についてるぞ、って騎士ギルドを脅してるみたいなので……。王都に行って手を入れてもらってもいいんですけど、手間も時間もかかるし、遅いか早いかだけなので引いてもらえません?」


 一度お尋ね者になって町から出て、王都でハーネスとXとYを証人に立て、騎士ギルドが領主の私兵に成り下がっている、という訴えをするのも考えた。


 それでもいいだろうが、いかんせん手間暇も時間もかかりすぎる。


 冒険者登録をしたのだし、平和にダンジョン攻略がしたいのだ。面倒くさい。


「さっきからワシを無視しよっ……?!」


 アーガスと話している間もずっと煩かったのだが、Zもアーガスも敢えて無視していた。


 その領主が大声をあげた所で、アーガスがダガーを投擲、領主の頬を掠めて黙っていろと警告する。


「この馬鹿はそこまでの馬鹿をしていたのか?」


「はぁ、何かあるたびにそのセリフで騎士ギルドを黙らせていたみたいですね」


 アーガスが心底嫌そうな顔でテーブルを蹴った。厚いガラス細工のテーブルが勢いよくふき飛ぶ。


「だぁら馬鹿に販売させてマージンをくれてやるなんて事したく無かったのによぉ、兄貴が『低コストですから』とか言うからこんなへんちくりんに目ぇつけられておじゃんじゃねぇか」


 風暴団が独自に違法魔法薬を売りさばくなら、そもそも騎士ギルドは足跡を追えない。


 不正を握りつぶす必要が無い。何故なら、明るみに出ることは無いからだ。


 ただ、それをするより多少足がついても領主に販売させた方がマージンを払っても幾らか安くついた。


 しかし、違法魔法薬の販売元が風暴団で領主と繋がってますよ、と態々領主が宣伝しているようでは損しかない。


 騎士ギルドは全世界規模のネットワークを持っている。この馬鹿を足切りしなければ、そのうち他の町でも販売し難くなるだろう。


 これではアーガスの兄も『コスパが悪い』と判断を下すはずである。


 小国の領主という小物が何をしているかなどアーガスに興味はなかった為に、膿の発見が遅れた。兄は知っていたかもしれないが……それも含めてテストだ。


「引いてやるよ、どうせここはテストケースだ。まぁコイツが攫った錬金術師の腕は惜しいけどなぁ」


「あ、その錬金術師の遺体と息子さんは俺が引き受けるので諦めてください。俺は違法魔法薬に興味ないんで売り出しませんし」


 Zはさも当然のように要求を被せる。


 アーガスは惜しいと思ったが、敵わない敵を前にしてまで惜しいものでもない。


「分かった。レシピも材料も団で管理してるからな。追い掛ける手間の方がかかる」


「よかった。じゃあそろそろ、火を点けますね」


「何?!」


 領主が叫ぶとアーガスがまたダガーを投擲して黙らせる。


 Zはアーガスと話した事でだいぶ時間が稼げたと思っている。事実、一階の避難は完了していた。


「なぁ兄チャン、名前は?」


「謎の仮面Zですよ」


「じゃあZ、あんまりうちを刺激するなよな。スカウトか刺客が行っちまうだろうからさ」


 アーガスは正体不明の強力な魔道具を使う男が、あんまりハッキリと要求をつきつけてくるものだから、逆に気に入ってしまった。


 団に入ってくれるのならばいいが、たぶんそうはならない。刺客も殺されるだけで、このZは死ぬこともないはずだ。


 どちらにしても出費が嵩めばZに対して徹底的に風の一家は対抗しなければならなくなる。


 そしたらZは死ぬ。死ぬまでやるから、死ぬ。


 アーガスにはそれはつまらない事だった。生きていればまた会えるかもしれない、仮面が無いこの男に。


「うーん、またぶつからなければ、たぶん」


 Zに対してぶつかってくるトラブルさえ無ければ、彼は自ら手を出す気はない。


 だからこのような曖昧な返事になったが、アーガスは声を上げて笑う。


「わかった。じゃあ達者でな」


 それが長年利用してきた領主に向けられたものではなく、謎の仮面Zに向けられたものなのは明らかだった。


 アーガスはこの部屋に入ってきたZと同じように悠々と部屋を出た。


「さて、じゃあ火を点けるか」


 完全に領主を無視してZは赤い魔法陣を5つ展開させる。館を囲む配置でファイアウォールが4枚、その中心で火柱をあげるファイアストームが一本、という具合だ。


 徹底的に燃やすつもりである。


「待て! 何なのだ貴様は……風暴団は一体どうしたのだ、何故貴様を殺さない……?!」


 馬鹿の相手は疲れる。


 何故あの会話を聞いていて、自分が利用されただけの小物でもう見限られたと分からないのだろうか。


 Zは心底疲れたため息を吐いて、魔法を配置につけた。絵筆で軽くタッチしただけで魔法陣が必要な場所に設置される。


 馬鹿の言葉に答える必要は感じない。領主にすたすたと近付いて、胸ぐらを掴み、窓を割り、荷物でも抱えるようにして外に飛び出した。


「ぎゃぁぁぁあ!」


 煩い荷物を抱えたまま、裏庭に着地する。


 胸ぐらを掴んで今度は引きずりながら表に回る。


 玉砂利の敷き詰められた庭を抵抗しながら引き摺られる下腹の出た壮年の男性というのは、なかなかシュールな絵面である。


 絹の寝巻きは呆気なく擦り切れ、手にも脚にも傷を作りながら前庭に引っ張り出された領主は、そこに自然と集められていた私兵や冒険者たちの真ん中に放物線を描いて投げ込まれた。


「げふ?!」


 顔から玉砂利の庭に突っ込んだ領主にすたすたと近付く。周りにいるのは、全てZが制圧したか、眠らされている人間ばかりである。今更抵抗する者はいない。


 領主の髪をむんずと掴んで、Zは館に視線を向けさせる。


 空いた片手で指を鳴らすと、炎の壁が瞬時に館を覆い、炎の柱が空高くあがった。


「あぁ、ぁぁあああ!」


 領主は狂ったように叫んだ。


 おかしい。


 今日の夕方まで、こんな未来は頭の隅にも無かった。いずれ破滅が訪れるとして、何かしら逃げたり軽減させる手立てがあると思っていた。


 しかし実際は何の予兆も無く、崖から突き落とされるように、破滅は訪れた。


「ちょっとまってね」


 Zはスケッチブックに手をかざすと、予め用意していた『マイクと拡声器』を具現化した。


 この世界に電気は無いので、魔力を動力にしてこういう効果があるように、とイメージして作ったものである。


 その頃には、爆発があったと通報を受けた盾を装備した騎士ギルドの面々と、飛び火を恐れて消火に来た近隣の住人が近くにやって来ていた。


 領主の目には、残念ながら入っていなかったようだが。


 Zは領主にマイクを向けて淡々と告げる。


「残念だったね、風暴団に見捨てられて」


「誰のせいだ! 貴様のような悪魔が現れなければ……っ! 魔法薬だってもう在庫がないんだぞ?!」


 館より背の高い支柱に支えられた拡声器から、領主の声が町中に響く。


 夜の喧騒も、領主の叫び声によって小さくなった。


「あの錬金術師は俺がもらうね」


「返せ! 何のために母親ごと攫ったと思っているんだ! 母親を使い潰してもいいようにだろうが!」


「騎士ギルドが黙っていないよ」


「煩い! まだ、まだ風暴団が背後にいると言えば……」


「でも、見限られちゃったでしょ?」


「そんなものどうとでも言いくるめられるわ!」


「本当にそう?」


「今までそれで通って来たのだ! 当たり前だろうが!」


 一際大きな声で叫んだ声が、キィンとハウリングを起こす。


 メネウは狂乱して声が拡散されている事にも気付かない領主のために、怒りと殺気で領主を睨み殺しそうな騎士たちを指差してあげた。


「ひっ、ひぃぃ?!」


 人形のようにぎこちなくそちらに頭を向けた領主が後ずさろうとするが、背後は炎の壁である。当然、近くの空気も火傷するほど熱い。


 騎士の一人が進み出た。


「ミュゼリア侯爵、話は聞かせてもらった。全員がな」


 この町の、全員が知ってしまった。


 もはや揉み消せるものでもなければ、騎士ギルドが揉み消してやる理由も無い。


 顔面蒼白の領主の後ろで、館がガラガラと崩れ落ちていった。


 Zは領主を騎士に預けると、名乗ることもせず上空で旋回させていたスタンに乗って飛び去って行った。スタンは先にXとY、その母親を宿屋に運んでZを待っていたのだ。


 拡声器もマイクも用が済んだので消えている。


 これで一件落着である。


 館を燃やしたのは、あんな馬鹿の言いなりになってトットを怯えさせた騎士ギルドへの意趣返しだ。山の様な余罪はあるだろうけれど、それは足を使って調べてもらおう。


「あ、名前も知らないや……」


 夜の闇の中、一人宿屋に向かって飛びながらマスクを外した謎の仮面Zことメネウは、ぽつりと呟いた。


 今夜破滅させた人間の顔と名前よりも、今はトットのお母さんのお墓を作る方が、メネウには大事なことであった。

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