第34話 マミアの森

 翌日、採集に出掛けるメネウたちは暗いうちに起きて、出来立ての朝食を食べた。


 刻み野菜のスープに焼きたてのパンと卵を炒めたものという中々立派な朝食だ。


(すごく文化的だ……最近野宿ばっかりだったから天罰でも降るんじゃないかとドキドキしてたんだよな)


 早朝なのにわざわざ作ってくれる女将さんの気遣いが嬉しい。


「冒険者を泊めることも多いからね、慣れっこさ」


 と、言いながらスープのおかわりをくれた。


 お腹いっぱい食べたところでマミアの森に出発する。


「トット、眠くない?」


「はい、大丈夫です」


 門を抜けて街道から外れた小道を歩く。


 街の壁沿いに東の方角へ1時間程行くと、森の入り口が見えてきた。


 既に何組かの冒険者が森の入り口にいたので、ちょうどいいとばかりに一つのパーティに声をかける。


 プレートメイルを着た壮年の男性が応じてくれた。


「すみません、このリストの薬草なんですけど、生えてるところ分かりますか?」


「依頼か。……あぁ、これなら分かれ道を左に行った所に群生地があるぞ」


「ありがとうございます!」


 冒険者ギルドで依頼を受けている先輩なのだろう。


 嫌な顔一つせず教えてくれたので、お礼を言って森に入った。


「いいカモが来たな……」


 という呟きは、メネウたちには聞こえはしなかったが。


 歩調を合わせているとはいえ、森に入ってもトットは遅れずついてきた。


 昨日倒れたばかりだというのに、大丈夫なのだろうか?


 と、思ったら殿のラルフが声をかけた。


「無理はしてないか?」


「はい。僕これでも体力はあるので任せてください!」


 HPは3桁だったはずだが、信じても良いのだろうか。


 しかし、実際に息を切らすこともなくついてきているのだから、一応は心配ないだろう。


 魔物もスライムが横切った程度。攻撃してくるでもなし、倒すこともなく分かれ道まで辿り着いた。


 あとはここを左である。


「木材の場所も聞いておけばよかったな」


「ここの地形を知るには歩いた方がいいんじゃないか?」


「たしかに」


 と、ラルフと軽口を言い合っていると、トットが先程から道の脇に生えてる草を無造作に摘んではカゴに入れていることに気付いた。


「それ、なんかの薬草?」


「麻痺消しと毒消しの元になる草です。今日の採取予定の薬草ですよ。この草に回復薬の薬草を混ぜると、回復薬以外も作れるんです」


「詳しそうだね。薬草摘むのは初めてだから摘み方とか教えてくれる?」


「もちろんです!」


 メネウがお願いすると、トットは顔を輝かせて喜んだ。


 頼りがいがある採取の先輩を得つつ、さらに30分ほど歩くと薬草の群生地に辿り着いた。


 依頼書の絵とそっくりの薬草が森の開けた場所に生えている。


「ここには2種類生えてますね」


 トットが場所を見るなり即座に判断した。


 メネウとラルフには一面同じ薬草に見えるのだが、トットには違うらしい。


 足下の2本の草を摘んで見せる。


「こちらが薬草であるマーマリ草。こっちは毒草のギメアリ草。葉の先が丸まっているのだけ摘んでください。反っているのは毒草ですから」


 ゼンマイのようにくるりと丸まっていないといけないのか、とメネウは頷いた。


 しかしラルフは「……違いがわからん」と眉間に皺を寄せている。


 どうやら薬草の見分けは苦手分野らしい。


 他にもリストには名前が並んでいたが、それは道中にトットが集めていた草だという。納品量は満たしているとの事だ。


 すごく出来る同行者である。


「じゃあラルフは見張りを頼むよ。魔物が出ないとも限らないし」


「了解した。ついでに採集用の木も探しておく」


(たぶんラルフにそれは無理だと思う)


 賢明にもメネウは言葉を飲み込んだ。


 スタンはトットが気に入ったのか、トットの肩に乗って一緒に薬草を摘んでいる。


 メネウもしゃがんで薬草の採取を始めた。


 ラルフはひらけた場所を起点に、まずは外周の木を調べて回る。


(やはり木は木にしか見えん……)


 違いが分からないらしい。


 しかし、分かるものもある。


(これはワイルドベアの爪痕か。まだ新しいな……、繁殖期か)


 この辺りは縄張りのようだ。足跡もある。


 繁殖期の魔物は気性が荒い。ここまでの道中で襲ってくる個体が居なかったのは、ワイルドベアに威嚇されている状態だったのだろう。


 縄張りを確認して歩くうちに、随分薬草の群生地から離れた場所に来てしまった。


 遠ざかれば遠ざかるほど爪痕は古い。


(まずいな)


 メネウはいいが、トットがうっかり森の中へとはぐれでもしたらひとたまりも無い。


 それは、嫌だ。


 ラルフは走って群生地に戻る。


 木の根が張り、葉が腐ってぬかるんだ地面は歩き難かったが、ラルフの鍛えた体にはあまり関係が無いようだ。


「グガァァーーッ!」


 ラルフが群生地に戻ると、3メートルはあるだろうワイルドベアが仁王立ちになって吠えていた。


 メネウがすかさずトットを背に庇う。が、背後から迫るラルフに気付いて絵筆は抜かない。


 ラルフは背後からワイルドベアの後脚の腱を浅く切る。


「グガ?!」


 姿勢を崩したところで前に回り、胸元を浅く切り裂いた。


 倒れたワイルドベアを見下ろして、近くに子供が居ないかを探ると……いた。背を膨らませて怒っている。


 母親が殺されたと思って威嚇しているのだろう。


「メネウ……」


 このワイルドベアに回復を、と言いかけた所に、やかましい音がした。複数人の冒険者の足音だ。


「大丈夫か?!」


「って、倒されてる?!」


「繁殖期のワイルドベアはランクCだぞ!」


 薬草の見分けはつかないが、こと戦闘に関してはラルフはプロである。


 彼らは態と繁殖期のワイルドベアがいることを黙っていて、自分たちを助けてその謝礼を巻き上げる気だったのだと悟る。


 でなければ、入り口から遠いこの場所の異変に、こんなに早く辿り着けるはずもない。


 おそらく、常習犯だ。


「メネウ、このワイルドベアは子連れだ。回復してくれ」


 元々、もう少し離れた場所で見かけたなら威嚇して終わりだったのだが、トットに近かった為に腱を切ったに過ぎない。


 生かして帰す気で、ラルフはワイルドベアを殺していなかった。


「あ、うん。えーと、……後ろのお客さんは……?」


 後から来て何事か騒いでいる冒険者の事だ。


「気にするな。追い剥ぎだ」


「ナルホド……」


 トットは何が起こったかよく分からずに、尻餅をついて一連の出来事を眺めていた。


 トットの側にラルフがついたのと入れ替わりに、メネウは倒れたワイルドベアに近寄ってヒールをかけた。


 怪我が治ったワイルドベアに、スタンが何事か語りかけると、親子は揃って森の奥へと帰って行く。


 しかし、ラルフが話しかけた方の『お客さん』は、なかなかしつこかった。


「おい、なんで回復して逃してんだよ!」


「あれは俺らが討伐依頼を受けた個体だぞ?!」


「ならば倒してくればいい。が、アレは貴様らの手には負えんぞ」


 平均のステータスで考えた推定討伐レベルは、60を超える。


 本来ならBランクの依頼に分類すべきだろうが、あの個体はもうここには近付くまい。討伐する意味は薄い。


 目の前の冒険者たちは推定レベル50前後と見た。


「ふざけるな! Eランクに倒せて俺たちが倒せないわけ無いだろ!」


 行くぞ、と入り口でメネウたちに道を教えてくれたプレートメイルのパーティは森の奥に入っていった。


「アレ、大丈夫なんデスカ」


 メネウが、ため息を吐いたラルフに片手を上げて尋ねる。


「ワイルドベアは?」


「完治してひっこんだよ。この辺は人が多いからってスタンに言ってもらったら、近付かないってさ」


 魔物と話せるのか、と思ったがメネウの肩のスタンは得意げに見える。合っているようだ。


「なら、まぁ、後で救助依頼でも出しておくさ」


 もちろん冒険者の方の、である。


 帰って依頼を出すまで生きていればいいけど、とメネウは思ったが、ラルフはちゃんと忠告したのだからこれ以上はメネウの関知するところではない。


 追い剥ぎだと言っていた意味をなんとなく察したので、助けに行く理由も無い。


「あのー……採取、終わりました」


 置いてきぼりを食らったトットが、ワイルドベアが去ってから一人で採取を続けてくれたらしい。


 メネウとラルフは顔を見合わせて、優秀な同行者に視線を戻す。


「じゃあ休憩しようか」


 メネウの提案に、トットは笑って頷いた。

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