第28話 奴隷の女王マムナク

「我が奴隷の女王と名乗るのは、奴隷となって失われたエルフの命を吸って、我が生まれたからじゃ」


 カリカリとスケッチブックに絵筆を滑らせながら、メネウはマムナクが何故『奴隷の女王』などと名乗るのかを尋ねた。


 ながら聞きしていい内容だとも思えないが、今している作業には時間がかかる。疑問に思った事は今のうちに聞いておこうと思った。


「その命を受けて生まれた事を忘れぬため、我はそう名乗ることにしている。誇り高く振る舞い、生き残ったエルフの希望となるために。その責任があるからな」


「なるほどな。かっこいいじゃん、マムナク」


「本当か?!」


「うん。覚悟があるんだろ、引き受けた命に」


 メネウにとっては想像するにも重たいものだ。スケッチブックから顔を上げずに答えた。


 15年しか生きていないマムナクではあったが、生まれの壮絶さやそれまでの生活で、その覚悟は決まっているのだろう。


 生まれるために引き受けた命。育ててくれた命。そして、今は守るための命。


「ただ、たぶん、マムナクの世界は狭い。当たり前だけどな。お前のせいじゃ無いし」


 スケッチブックを捲る。何枚も何枚も、同じ絵を描いていく。


 ラルフはずっと黙っている。待って、コイツ寝てない?


「狭い、とは何だ?」


「俺と似た者同士、人生これからって事。覚悟があるのはいいけど、もっと楽しいこともあるって。……あー、俺言葉下手だからダメだ」


 言いたい事が上手くまとまらず、メネウは絵筆の尻で額をかいて、絵を描くのに専念する。


「奴隷の女王、マムナク。聞いていれば、守るだの責任があるだの言っているが、解放された後の事は考えているのか?」


 あ、ラルフくん起きてたんですね。


 目を開けたラルフがメネウの言葉を継ぐ。


「解放……」


「そうだ。何をする気かわからないが、メネウはお前たちを解放するぞ。その後も、奴隷の女王を名乗る気はあるのか」


 それは、今後解放されるあらゆる奴隷の王としての覚悟。


 それを負う覚悟。


 解放の旗印となり、受け入れ、発展させていく覚悟。


 エルフたちは目を逸らした。解放される事などないと絶望している彼らにとっては、この狭い世界で彼女が負う責任以上は考えの外だったのだろう。


 幼い同胞がそう名乗ったとしても、失われた命と自分たちの命以上のものを背負わせる気も、気付かせる気も無かった。


 無知を強いた、という気まずさから目を逸らしたのだ。


「まぁ、メネウと俺が関わるのはお前たちの解放までだろうが……」


「……覚悟、する」


 ラルフの言葉を受けて、呆然となっていたマムナクが呟く。


「我は、我は外を知り、国を作り、奴隷を守る覚悟をする」


 マムナクの言葉に、結界から僅かに漏れてくる元素が反応して光る。


 想像を絶する程の長い時間を、狭い牢の中で過ごしてきた彼らが、その光に瞠目する。


「一緒に、やってくれるだろうか……」


 マムナクがエルフたちを見る。


 エルフたちは力強く頷き返した。


「我々が解放され、自由となった暁には、彼女を育て導く覚悟を我々もしよう」


 ラルフが言いたいことを言ってくれたことも、マムナクが無知の中で精一杯の覚悟を示したことも、メネウは気に入った。


 自分たちの何倍も生きているエルフが付いているのなら、きっと大丈夫だろう。責任は持てないが、手助け位はできるんじゃ無いかと思う。


「じゃあ『コイツら』は。使い切りじゃなく、マムナクたちの守り神として置いていく」


 10枚に渡って同じ絵を書き続けたメネウは、ようやく顔を上げた。


 膝の上に置いたスケッチブックに片手を置いて、不敵に笑う。


 メネウが淡々と描き続けたもの。


 単純な形のものほど描くのは難しい。だが、それはメネウが前世で何百枚と描き、命を宿したもの。


「メジェド様大行進だ!」


 スケッチブックが光り、結界をものともせずに牢屋から壁を壊して無数に溢れていく。


 頭が丸い円錐から、足が生えた生き物……いや、神だろうか。


 アニメ『そらとぶ!ホルスたん』の中でマスコットキャラとして人気をほしいままにした、エジプト神話随一の人気者、メジェド神の大群である。


 目だけが現れている顔。身長は大人の腰くらいだろう。


 --其は打ち倒すもの也。


 牢屋に自ら開けた壁の穴から溢れ、砦中に散っていく。


 ページ10枚にみっちり描かれた100を超えるメジェド神が、風滅団の制圧を始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る