第532話 ぴこぴこ……ぴこぴこ……

 俺とココが声のした方向に向かうと、すぐに一番奥の広場のような場所に10人ほどの村人たちが集まっているのが見えてきた。


 その中の一人、中年の男性がこちらに気付いて声をかけてくる。


「ココじゃないか、帰ってたのか。元気そうで何よりだ」


「うんただいまー。ところでどうしたのみんな、こんなところに集まって」


「それがジェシカがほこらに入ったまま丸一日出てこないんで、どうしたもんかとみんなで話し合っていたところでよ」


「ジェシカねぇほこらに? どうしてほこらになんか入ったの?」


「なんでも奥の方から声が聞こえてくると言ってな。他の誰もそんなもの聞こえんと言ったんだが、気になるから確かめてくるって入ったっきりそのまま帰ってこんのだ」


「ジェシカねぇは昔から村で一番耳が良かったもんね……もしかして中で何かあったのかな」


「奥の方で足でもくじいて動けなくなってるのかもしれねぇな」


 耳の話をしているからか、ココがネコ耳をぴこぴこさせた。


 ぴこぴこ……ぴこぴこ……。


 あ、やばい。

 め、めっちゃ触ってみたい……。


 ぴこぴこ……ぴこぴこ……。


 くっ、でもだめだ。

 勝手に女の子の耳を触るなんて完全にセクハラだぞ……。


 ぴこぴこ……ぴこぴこ……。


 我慢だ、我慢するんだ麻奈志漏まなしろ誠也。

 ここは鋼の意思でもってこの誘惑に耐えるんだ――、


「……おにーさん、耳くすぐったいんだけど?」


「は――っ!? 気が付いたら手が勝手にネコ耳を触っていた……!?」


「もうおにーさんったら、女の子の耳を勝手に触っちゃいけないんだよ?」


「まったくもっておっしゃる通りです、すみませんでした……」


 俺は一抹いちまつの名残惜しさを押し殺して、ココのネコ耳からそっと手を離した。


 そういや獣人族が異性に耳を触らせるのは、求婚の意味があるんだっけか。

 目の前で可愛くピコる耳に理性を溶かされてついつい触っちゃったよ。


 郷に入れば郷に従えって言うしな。

 ここは獣人族の村なんだしあらぬ誤解を受ける恐れもある、気を付けないと。


「で、ほこらってあれのことか?」


 みんなの視線の先には、洞窟の入り口のようなものがあった。

 見た感じ、どうもなだらかに地下へ地下へと続いているらしい。


「ところでココ、そちらの御仁ごじんは?」

 言っておっちゃんが俺に視線を向けた。


 ピキーン!


 来た!

 久しぶりに来た!


 来てしまった!!


「ふっ、問われたからには名乗らなくてはならないな! 俺は麻奈志漏まなしろ誠也。《神滅覇王しんめつはおう》にして《王竜を退けし者ドラゴンスレイヤー》の麻奈志漏まなしろ誠也だ。ココに裁縫職人を紹介してもらうためについて来たんだ」


 俺はスッと姿勢を正すと、高らかに名乗りを上げたのだった!


「おにーさんは東の辺境の新しい領主なんだよ。すっごくいい人なんだー」


「おおっ! ココのイイ人か! 村を出てから浮いた話も聞かず心配しておったが、それは良かった。なるほど、今だって耳を触らせていたもんな」


「……?」


「今晩にでも祝言うたげを開いてやりたいところだが、ジェシカが帰ってこんことにはおちおち祝ってもおれんのだ」


「……??」


 なんかおっちゃんの言葉がほんのちょっと不自然な気がしたような……まぁ今は細かいことはいいか。

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