第521話 マリアとトラヴィス

「ちなみになんだけど、2人は何の話してたんだ?」

 俺のとりとめもない疑問に、


「いやなに、マリア=セレシア教に入会しようと思っての」

 さらっとグレンが答えたんだけど――、


「はぁ!? 何百年も生きた伝説の鬼族で、《魔王》なき今は妖魔の実質ボスであるアンタが!? それがマリアにお祈りして奉仕活動でもするってのか?」


 俺が心底驚いてしまったのも、これは仕方のないことだろう。


「あ、マナシロさん。それでしたら実はですね、入会といってもそこまで本格的に活動する人はあまりいないんです。週に1回や月に1回、気が向いたら教会に来てお祈りをするといった感じの人がほとんどでしょうか」


 そして俺の疑問には、すかさずティモテが答えをくれた。


「宗教って結構縛りがきつそうなんだけど、意外と緩いもんなんだな」

「もちろん熱心な信者さんもおられますけどね」


「そのあたりの縛りの緩さは、さすがは慈愛の聖母マリア=セレシアの理念を受け継ぐ教会ってとこか……基本的におおらかで自由な感じ」


「ふふっ、救済とは強制によって生まれるものではなく、自発的な心によってのみ生まれるものですから――マリアがみずから率先して、己の利益ではなくより良い社会のために行動し続けたように」


「あ、それめっちゃマリアの教えっぽい」


「はい、マリア=セレシア教会の教義の、基本中の基本です」

 よくできましたと言わんばかりに、ティモテがにっこり微笑んだ。


「今の話を聞いてさ。なんとなくだけどサーシャやトラヴィス商会がやってることと似ているかもってちょっと思ったよ」


 例えばハヅキがサーシャにもらったお絵かきセット、あれはトラヴィス商会が児童館や孤児院で無償で配っているものだと言っていた。


 そんな会話をしたことを思いだした俺は、何の気なしに思ったことを言ったんだけど、


「そうなんですよ! 孤児院や児童館といった公的支援施設を積極的に支援するトラヴィス商会は、マリアの教えをまさに体現していて、本当に素晴らしいと思います!」


 ティモテは思った以上にグワッとその話題に喰いついてきた。


「あと、確かウヅキの無償奨学金もトラヴィス商会が出してたんだっけか――」


 サーシャからしたら、胸以外は完全無欠のお嬢さまでずっとやってきたのが、奨学金で入ってきたウヅキに完膚なきまでに叩きのめされ、万年2位で主席の座を奪われ続けたのだ。


 マルチスキルのスーパーお嬢さまとはいえサーシャもまだ10代半ば。

 その辺、頭ではわかっていても、心の方には結構応えてたんだろうなあ。


 もちろん今では雨降って地固まるでとっても仲良しの2人だけどね。

(ただし温泉は除く。温泉でのサーシャはいつも青い顔をしてブルブルと震えながら、何事か呟き続けていた)


「人材は国のいしずえです。初等教育から高等教育までここまで幅広い支援をするのは帝都でも見たことがありません。目先の利益ではなく、人材という未来への投資をする――素晴らしい理念と行動だと思います」


「未来の教皇候補ティモテも認めるトラヴィス商会ってわけだ」


 俺は改めてサーシャとその実家であるトラヴィス商会に、深い敬意の気持ちを抱いたのだった。

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