第483話 俺だけの夢物語

 世界が消失する目前、そのギリギリ寸前に――!


「『固有神聖』《天照アマテラス》、全力開放――!」


 うなりを上げる《天照アマテラス》が一気に臨界ギリギリまで到達し、膨大な黄金の粒子が噴き出しはじめた。

 怒涛どとうの勢いで噴出される黄金の力によって、残すは俺とケンセーの周囲わずかだけとなっていた意識世界の崩壊が、ピタリと停止する。


 《天照アマテラス》から発せられる暴力的なまでの黄金の力が、終わろうとする世界をごり押しの力押しで押しとどめたのだ――!


「いいぞ《神滅覇王しんめつはおう》! さすが《天照アマテラス》だ! 世界の終焉しゅうえんにまで抗ってみせるなんてな!」


 しかしほっとしたのもつかの間だった。


「ぐぅ……! ぐぬ――っっ!!」


 一度は止まったと思われた世界崩壊が、再びゆっくりとその時計の針を刻みだしたのだ!


「だめだ……! 支えきれない……っ! じわじわと押し込まれてく……!!」


 世界そのものが壊れるという空前絶後の圧力を前に、さしもの《天照アマテラス》も抗いきれなくなってゆく――。


 俺の身体にも激しい負荷がかかり始めた。

 全開放した《天照アマテラス》の力を、これまた片っ端から全消費しているんだから、それもまた当然だった。


 じりじりと世界崩壊の豪圧ごうあつに押し込まれていく中で、俺はそっと腕の中に視線を落とした。


 意識をなくしているケンセーは俺に抱かれながら、俺を安心させるようなとても穏やかな表情をしていた。

 俺の背中に回されていたその手は既にだらんと力なく垂れさがっていて、今にもその存在が消えてしまいそうだった。


「でも、ケンセーはまだ消えていないんだよ――!」


 ケンセーの姿が俺にもう一度、理不尽な運命に抗うための力を与えてくれる――!


「ここが勝負どころだ! 根性みせろ《天照アマテラス》! 俺はな、ハッピーエンドしかいらないんだ!」


 もちろん今やっていることが、ただのその場しのぎだなんてことは分かってる。

 世界の崩壊を押しとどめたところで、しょせんは単なる対処療法だ。

 いくら頑張っても結末を先延ばしするだけ、お情けの延長戦に過ぎないのだから。


 だけど――、


「それでも俺は、世界をわずかでもつなぎとめて、もう少しだけケンセーと一緒にいたいんだよ――っ! その間になんとかして! みんな幸せで、いいとこどりの、ご都合主義で、ハッピーなエンディングを手に入れたいんだよ――!」


 アリッサから全チートを貰って、《神滅覇王しんめつはおう》を手に入れた俺には!

 そうする権利と、同時にケンセーを助ける義務があるんだよ!


 世界の消滅を全力で押しとどめようとする俺の心は、今や黄金の光であふれんばかりに満たされたけりにたけっていた。


「なんとかしてケンセーも助かる文句なしのハッピーエンドを――!」


 ――だけど。

 そんな俺をあざ笑うかのように、力の限りあらがい続けようとする俺の腕の中から、スッと重みが失われていった。


「――っ!」

 世界よりも先に、ケンセーの存在が消失しようとしいるんだ――!


「おいケンセー! まだ消えるな! ケンセー! ケンセー! おいってば! ケンセー! なぁ、ケンセー!」


 俺は声を枯らしてケンセーの名前を繰り返し呼びかけ、叫び続けた。


「ケンセー! ケンセー!!」


 だけど俺の腕の中からはもう、ケンセーの存在が完全に消え去ってしまっていて――。


「ケンセー! けん……、せぇ……」


 その声に応える声も、腕の重みも、胸に感じた温度も――今はもうまったくそこには何もなくて――。


 ケンセーが消えてしまった。


 その定められた運命の帰結を理解した途端、俺の心は喪失感と失意でぐらついてしまった。

 心の強さが失われたことで、意識世界の崩壊をぎりぎり踏ん張って押しとどめていた黄金の力が、急速に弱まっていく――。


 そうして意識世界は、一目散に消滅へと向かいはじめた。


「ああ、世界が終わる――。今度こそ俺は、現実世界に戻るんだな──」


 ケンセーを失った俺は一人、来た時のまま。

 一人っきりで現実世界に帰るんだ――。


 ケンセーにチート学園のことを教えてもらった当初、俺は早くウヅキたちのところに戻らないとってそればかり思っていた。

 でもいつしかチートっ子たちと過ごすチート学園での生活が、大切でかけがえのないものになってしまっていて――。


「ケンセー……2年S組のみんな……楽しい時間をありがとな」


 それは今となっては俺一人だけが記憶している、誰も知らない俺とチートっ子たちの物語。


 俺だけが知っている、俺と、ケンセーと、みんなでつむいだ、淡く切ない――そしてバッドエンドの夢物語。


 こうして。

 俺とケンセーと2年S組チートっ子たちによるチート学園でのモテモテハーレム生活は、ケンセーの消失と意識世界の崩壊とともに、幕を閉じたのだった。

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