第445話 賽は投げられたのだから――

 ケンセーの視線の先にあるのは、俺の右手に握られているスポーツチャンバラ用のエアーソフト剣だった。


 ケンセーに渡そうとして受け取ってもらえなかったまま、ずっと持っていたんだけれど、


「ま、こうやって話している間もずっと持ちっぱなしだったもんな。さすがに気付くよな」


「まさか……そんな、でも……」

 俺の言葉に、ケンセーの驚きがさらに深みを増してゆく。


 さすがのケンセーも『こいつ』は想定外だったか。


「想像どおり、そのまさかだと思うぜ?」

 言って、俺はニヤリと笑った。


「――っ!」


「そう、そのまさかさ――」


 俺はそこで軽くタメを作ると、右手で持ったエアーソフト剣を左上に振り上げた。

 そしてそこから「ズバッ!」っと右下へ格好よく斬り下ろす。


 もちろん格好つけただけなので何があるわけでもない。

 どや顔で格好つけたいという男の子の気分の問題だ。


 そして振り下ろしたままの「カッコいいポーズ」でもって、俺は高らかに宣言した――!


「――こいつは! この力こそは! 13万5千の全チートの頂点に君臨する最強のS級チート『剣聖』の力だ――!」


「けん……せい……!」


「ああそうだ、戦闘系S級チート『剣聖』だ。チート学園が始まってから――いやどうももっと前から、俺の中に『剣聖』はいたみたいでさ」


「そんなまさか、現実世界にいた時から――!?」

 目を真ん丸にして信じられないって顔をするケンセー。


 してやったりだ。

 ま、俺も自覚したのはついさっきなんだけど。


「ははっ、そりゃあ擬人化してないよな。だって『剣聖』は、そのずっと前から俺と一つになっていたんだから。おっと、決闘デュエルはもう成立しているからな? 今さら約束を反故ほごにするのは無しだぜ?」


 俺と戦うにあたって、どうやってかは知らないがケンセーは他のチートの力を使うという奥の手を用意していた。

 そしてそれと同じように、俺には『剣聖』という切り札があっただけのこと――!


 素手では最強の戦闘系A級チート『20世紀最後位の暴君』を使えば、絶対勝てる勝負だと高をくくっていたんだろうが、甘かったなケンセー。


「勝負事ってのは下駄を履くまでわからないもんなんだ。『勝ち』も『負け』もあるのが『勝負』だからな。悪いがこの勝負、俺が勝たせてもらうぞ――!」


 言って、俺は刀を振り下ろしたカッコいいポーズから、さらに空いている左手で「ビシィ!」とケンセーを指差した。


 決まった……決まってしまった……。

 これもう完璧に決まってしまったよ……!


 ふふっ、多分今の俺ってばめっちゃカッコイイはず……!


 いついかなる時も女の子にカッコいいところを見せたい系男子の麻奈志漏まなしろ誠也ですので!


「もう、またむやみやたらにかっこいいポーズして……カッコいいからいいけど」


 それを見て、こちらもまた満更でもない様子のケンセー。

 こういう根っこの感性は同じなんだしさ。


「お互い憎からず思いあってるわけだし、俺とケンセーは意気投合できるはずなんだけどなぁ……」


 人の気持ちって難しいな……。


 できればケンセーと戦いたくない、分かってほしい――。

 そんな強い感傷のような気持ちを、しかし俺は頭を振って追い出した。


 今さら言っても始まらない。

 対話で解決しないことは散々確認しただろう?


 もうさいは投げられたのだから――。

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