第276話 謹んでご冥福をお祈りします――

 精霊さんはさ。

 決して悪い子じゃないと思うんだ。


 封印されし《精霊神竜》が出てくる直前の、


『アタシはちょっと遊びたかっただけなの……ずっと精霊契約で縛られていたから、一人ぼっちで寂しくて……』


 この言葉はきっと、精霊さんの本心だったと思う。


 だから例えば、勝ち負けなんて関係なく、精霊さんをエルフ村に縛りつける契約を見直してあげるっていうのもさ、1つの手なんじゃないだろうか。


 あれこれ器用な精霊さんなら、エルフ村に居続けなくても快適な常夏を維持できるような、なんらかの代替手段を用意しているんじゃないかな?


 それこそ時間はいくらでもあったわけだし。


 だから俺は、最後の最後で力を抜こうとして――、


「とっとと死ぬがよいのじゃ」


「――えっ?」


 その声とともに、力を抜こうとしたはずの《暁宵重ナリシ幻想ノ滅焉剣レーヴァテイン・アンビバレント》が――振り抜かれた。


 それはもう思いっきり振り抜かれた。


 一切の情け容赦なく。

 わずかのためらいも、欠片の慈悲の心もなく。


 力いっぱいに振り抜かれたのだ――。


「はい……?」


 プチッ!


 小さなものを踏みつぶした――というか消し飛ばしたような感触が、黄金漆黒剣から伝わってくる。


「…………いやおい」


「やれやれ、世は全てこともなし。これにて一件落着なのじゃ」


「あの、《神焉竜しんえんりゅう》さん……?」


「ふぅ。後顧の憂いもなく、まさに究極完全な勝利なのじゃ。気分爽快なのじゃ――おや、主様ぬしさま? そのような戸惑った顔をして、いったいどうなされたのじゃ?」


「どうしたもこうしたもねぇよ!? 今! 俺! 力を緩めようとしたよな!?」

「うむなのじゃ」


「うむなのじゃ――じゃねーよ! なにしてくれてんの? 精霊さんを殺しちゃったじゃん!?」


「むろん最初からそのつもりだったのじゃ?」

「なんでそこで不思議そうな顔をするの? そもそも力の制御は俺に預けてくれてたはずじゃあ――」


「優しい主様ぬしさまが仏心を出して見逃してしまわんようにの。わらわが少々、心をつかったまでのこと」


「超完全にいらぬ気遣いだよっ!?」

「いやいや、こういうのは根元から立つのが肝要なのじゃ。アリの巣コロリで根元からばっさりいかねば、働きアリをいくら殺しても意味がないのじゃ。備え断てば憂いなしなのじゃ」


「発想がジェノサイドに過ぎる……!」


「それにやってしまったものは仕方ないのじゃ。気持ちを切り替えるのじゃ――ほれ、《神滅覇王しんめつはおう》はただただ未来を望む力なのじゃから」


「仕方なくねぇよ……!?」

 俺のツッコミなんてどこ吹く風。


「憐れな小精霊よ、安らかに眠れ――」

 《神焉竜しんえんりゅう》がドラゴンのおててで器用に合掌した。


「くっ、確かにっちまった以上、あれこれ言っても意味はない、か――」


 そして、やらない善よりやる偽善。

 あれこれ言って立ち止まって何もしないよりは、今の俺にできることをまず今はやるべきだ。


 すまん精霊さん、せめて安らかに眠ってくれ――。


 そんな願いを込めて、俺は《神焉竜しんえんりゅう》にならって手を合わせ――、


「謹んで精霊さんのご冥福をお祈りいたします――」

 今は亡き精霊さんに哀悼の意を示したのだった。


 …………

 ……



 と――そんな時だった。


 光がふわふわひゅーと集まりだすと、徐々にひとつの形を作っていき――、


「死ぬかと思った……!」


 光の集まった場所に、精霊さんがひょっこり復活して現れたのは――。

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