第175話 お絵かき

 朝ごはんの時にいつにもましてハヅキが甘えてきたのと、俺もゆっくりしたかったこともあって、今日は一日ハヅキと遊ぶことにした。


 ちなみに《神焉竜しんえんりゅう》は、


「野暮用があるのじゃ。すぐに戻るから心配はいらぬのじゃ」

 とか言って外出中だ。


 すっかり馴染んで溶け込んでるし今さら悪いことはしないと思うんだけど、もし万が一、何かあっても俺のせいではないよね……? 


 まぁそれはそれとして。


「それで、なにをするんだ? またどっか散歩でも行くか?」

「うにゅ、おえかき、したい」


「お絵かきか。いいんじゃないか。でも道具がいるだろ? その――」

 俺が大金を持ち帰ってから日が浅いこともあって、サクライ家には相変わらず生活必需品以外はあまり物がないのだった。


 今いるハヅキの部屋だってほとんど物がない。


 手作りの古びたネコのお人形があるだけだ。

 お絵かきセットなんて高価なものがあるのだろうか、とちょっと不安に思ったら、


「うにゅ」

 ハヅキは部屋の隅っこに置いてあった箱をごそごとやると、


「サシャねぇが、くれた」

 そう言って嬉しそうにクレヨンと画用紙を持ってきた。


 さすがサーシャ、いいとこあるじゃないか。

 今度お礼を言っておかないとな。


「おー、良かったなー。じゃあ何を描こっか? 外に行ってお花でも描くか? ほらこの前のユスラウメだっけ? あれなんかいいんじゃないか?」


 ユスラウメはふたりでお散歩に行ったときに食べた、サクランボのような小さな赤い実を鈴なりにつけた低木だ。

 あれなら絵を描く題材としていいかなーって思ったんだけど、


「ううん、ここで、まなしーを、かく」

 ハヅキ画伯の考えはちがった。


「おっ、人物画に挑戦か。いいぞ、超男前に描いてくれよな?」

 もちろんそんなハヅキのやる気スイッチをオフにしちゃうような真似はしない。


「うにゅ、まかせて」

 言って、真剣な顔をして真新しいクレヨンを握るハヅキ。


 と、そこへ、


「あら、セーヤさんとハヅキ、ここにいたんですね」

 とてとてとウヅキがやってきた。


「ん? どうした? なにか用事か?」

「いえ、姿が見えないので二人でお散歩にでも行ったのかなと思いまして」


「ああうん。こっちに来てから色々あったからさ。今日はお休みにしてハヅキと遊ぼうかなって思ったんだ」


「そうだったんですね。でもでも、たしかにセーヤさんは出会ってからずっと誰かのためにって頑張り続けでしたもんね! だからゆっくり身体を休めるのは、いいことだと思います!」


「あはは、ありがとう。それでさ、今からハヅキが俺の絵を描いてくれることになったんだよ」


「あ、それは素敵ですね! ハヅキ、セーヤさんを格好良く描いてあげてね」

「うにゅ、ちょうど、いい。いっしょに、おねぇも、かく」


「わたしも?」

「まなしー、おねぇ、いっしょに、かく」


「えっとお邪魔ではないでしょうか……?」

 チラリとウヅキが俺のほうを見た。


「ジャマなんてまさか。むしろウヅキこそ今は手が空いてるのか?」

「ちょうど家事が一段落したところなので、大丈夫ですよ」


「じゃあ一緒に描いてもらおう。ハヅキ、とってほしいポーズがあったら言ってくれ。なんでもやるぞ?」

「えへへ、可愛く描いてくださいね」


 うんうん、いいじゃないか。

 女の子たちとのこういう平和な日常イベントを、何気ないまったりとした時間を、俺は求めていたんだよ……!


 ――そう思ってた時期が俺にもありました。


「うにゅ、じゃあ、ぬいで」


「……は?」「……え?」

 突然の言葉に、俺とウヅキの声が見事にハモった――。

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