第158話 おまえらも、ちょっとおかしいのだ!?

「俺の名は麻奈志漏まなしろ誠也! 《神滅覇王しんめつはおう》にして《王竜を退けし者ドラゴンスレイヤー》の麻奈志漏まなしろ誠也だ――!」


「なにィ! マナシロ・セーヤだと……! って誰だ? ――ああ、あれか、片田舎で噂になっている浪人剣士――のパチモンか」

「パチモンちゃうわ! ホンモンだっつーの!!」


「本物だと? 笑わせるな! もしお前が本物のマナシロ・セーヤなら、身長190センチのすらりとした爽やかな超美形で、まばゆいばかりの黄金に輝く美しい剣を持っているはずだ」


「なんだよそれ!? どこ情報だよ!? 190センチのすらりとした長身の超美形とか、明らかに過剰な尾ひれがついてるし! そんなのもう俺の面影がないじゃん! いいかげん泣くよ!?」


「? ディリンデンの街で配られていた、絵入りのかわら版(第二版)にはそう書いてあったぞ?」

 アレか……、サーシャが街中にばらまいたって言ってたアレか……!


「しかも第二版……だと……!?」

 俺は思わずサーシャを振り返った。


「それでしたら、セーヤ様がこの絵は自分とは似てないとおっしゃっておられたので、わたくし急ぎお抱え絵師に作り直しを命じて再配布を行ったのですわ!」

 フンスと鼻息もあらく、自信満々に胸を張って言ってのけるサーシャ。


「作り直した方向が、完全に逆方向にいっちゃってるよね!?」


「より真実のセーヤ様に近づいたと――まさにため息が出るほどに完璧な『セーヤ様』に仕上がったと自負しておりますの。さすがは我がトラヴィスお抱えの絵師、見事な仕事ぶりであると言わざるを得ませんわね」


 サーシャの思い込みの激しさと、俺を見る目の節穴さときたら……。

 そして俺の話の聞いてくれなさときたら、およよ……。


「で、まさかとは思うが、その貧相な曲がった剣が黄金剣だと言うんじゃないだろうな?」

「ぐぬぬぬぬぬ……! ここに来て! ここに来てまたこの展開!?」


「そんなことよりも――」

「そんなことだと! これは俺の名誉と尊厳ににかかわる大問題だぞ!」


「それはそれとして――」

 おまえも俺の話を聞いてくれないのな……!


「どうやってここまで忍び込んだ? 最低限の警備しか置いていなかったとはいえ、物音一つしなかったとは不可解な――」


「ふっ、それなら簡単なことだ! 俺が本物の《神滅覇王しんめつはおう》マナシロ・セーヤであり、つまりは正義であるからだ!」


「浪人風情が帝都三大商会の一つスコット=マシソンの屋敷に不法侵入したあげくに正義を語るなどと、殺されても文句は言えないぞ? 覚悟はできているんだろうな?」


「ふっ、覚悟するのはてめぇのほうだ! 言っただろう、話――っていうか独り言はすべて聞かせて貰ったってな。大人しく観念しろ!」


 俺は犯人を突き止めた名探偵よろしく、

 ビシィッ!

 と、人差し指をスティール・スコット=マシソンの顔に向かって突きつけた――んだけど、


「ふっ、ふふ、ふはははははっ!」

「何を笑っている?」


「そりゃあ笑いもするというものさ。だってそうだろ? 浪人風情の世迷言よまいごとを誰が信じる? おまえの言葉と、三大商会の会頭たるボクの言葉。どっちが社会的に信用されるだろうねぇ?」

「く……っ」


「それにそこにいるのはトラヴィスの娘と、《シュプリームウルフ》じゃないか。やれやれ、やはり寝返っていたのか。これだから薄汚いケモノは――」


「誇り高き我ら《シュプリームウルフ》を侮辱するか――!」

 いつの間にか、シロガネは巨大な美しい白銀のオオカミへとその姿を変えていた。


「しかしトラヴィス商会も、そんなケモノとともに商売敵の屋敷に無法に押し入るとは、早まったね――でもそうか、これは使えるな。これをネタに脅せば東の辺境の権益は――」


「ガルルルルルルルルーーッ!」

「ひぃ! お、おい! こっちには人質がいるのを忘れるなよ! こいつらの命が惜しければ――」


「……惜しければ、なんだい?」


「――へ?」

 スティール・スコット=マシソンにとって、耳元でいきなり聞こえてきたその声はまさに青天の霹靂へきれきだっただろう。


「話はすべて聞かせてもらったよ」


 その言葉と同時にガシャンと音がして、幼いオオカミ姉妹を拘束していた鎖が一刀いっとうのもとに――いや一槍いっそうのもとに断ち切られた。

 もちろんやったのは、窓から侵入して背後からそっと忍び寄っていたナイアである。


「はい、救出完了と。よしよし、怖かったね。でももう大丈夫だよ。ほらお姉ちゃんのところに行っておいで」


 ナイアに優しく背中を押された幼いオオカミ姉妹が、シロガネの元に駆け寄ってきて――、


「わぅ! うぉう! きゃうん!」

 3人で肩を抱き合い寄り添うようにして、再会を喜びあったのだった。


 そしてそんな仲睦まじい姉妹の抱擁を横目に、今回の騒動は終局を迎えつつあった。


「お、おまえはまさか……ナイア・ドラクロワ! どうして、どうしてこんなところに!」

「どうしてと言われると、アンタを捕まえるためだね。言っただろう? 話はすべて聞かせてもらった、ってね」

「な……っ!」


「セーヤもお疲れさん。あの扉を蹴破けやぶっての大見得はなかなかどうして、注目を一手に引きつける素晴らしい名演技だったよ。おかげで労せず近づくことができた」


「ふっ、こういうのは俺の柄じゃないんだけどさ。ま、これくらいのことは朝飯前さ」

「うそつけ! おまえ、めっちゃノリノリだったのだ! 超キメ顔でドヤ顔だったのだ!」


「はぁ……なにをやってもセーヤ様は素敵ですわ」

「さすがです、セーヤさん! 普段からこっそり練習していた甲斐がありましたね!」

「マナシロ様、お勤めご苦労さまでした」

「かような些事さじにも手を抜かんとは、主様ぬしさまはほんにおとこじゃのぅ」


「おまえらも、ちょっとおかしいのだ!?」


「くっ……、おまえたち、ボクを無視してこんなコントをするなんて、馬鹿にしやがって! ボクは帝国三大商会の一つ、スコット=マシソン商会の会頭スティール・スコット=マシソンだぞ!」


「うーん、虎の威を借る狐ってのは、こういうのを言うんだろうな……じゃあ、あとはナイアに任せるよ」


「アタイもあまりこういうやり方は好きじゃないんだけどね。でもま、スティール・スコット=マシソン、アンタは権威とかそういうのが特に好きみたいだから、敢えて使わせてもらおうか」


 ナイアの声がドスをきかせた、冷たくて凄味のある声へと変わってゆく。


「アンタはさっき、自分とセーヤとどっちの言葉が信用に値するかって説いてみせてたね? じゃあ少し前提条件を変えて、改めて尋ねようか。皇帝陛下の信頼も厚い貴族であるアタイの言葉と、たかだか三大商会の会頭にすぎないアンタの言葉と。はてさてどちらが信に値するのか、よかったら教えてくれないかな?」


「あ……それは、う……あ……あぁ……」


「そうだ、なんなら陛下御自おんみずからお裁きになられる皇帝裁判の開催を進言してみようか? その場合、スコット=マシソン商会はお取り潰しをまぬかれないだろうね? おめでとう、君のせいで帝都三大商会の一つスコット=マシソン商会は、その長い歴史に幕を下ろすことになる」


 ナイアの放ったそのトドメの一言によって――、


「あっ、あっ、あっ……ああああああああああああああああああああ!」


 スティール・スコット=マシソンは床に崩れ落ち、狂ったように大声を上げて泣き叫びはじめたのだった。


 赤子のように泣きわめくスティール・スコット=マシソンを、ナイアの指示を受けた《聖処女騎士団ジャンヌ・ダルク》の騎士たちが容赦なく拘束して連れ立てていく。


「これで今度こそ完全に解決だな――」


 こうして。


 荷馬車の襲撃からはじまって、サーシャとクリスさんと一緒にA5地鶏を帝都へ運び、《シュプリームウルフ》シロガネと戦った今回の一連の騒動は。


 首謀者スティール・スコット=マシソンの逮捕をもって、一件落着と相成ったのだった――。

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