第106話 大輪田 ―― ディリンデン

「じゃあさっそく商業地区に行こうぜ。いつまでもこうして門の前でつっ立ってるのもなんだし」


 せっかくのデートだ。

 早く行こう、すぐに行こう――、と意気込んだんだけど、


「実はセーヤ、門は門でも一応ここディリンデンの城門は観光名所の一つなんだよ? できた当時の遺構を一部そのまま残していて、歴史的にも価値がある場所なんだ。その意味でも、昨日セーヤに壊されなくて良かったと言えるかな」


「あんまり蒸し返すなって……。あの時の俺は、ちょっと気がいてたんだよ。でもそっか、この城門はそんな大昔からあるものなんだな……。ん、あれって――」


 ふと、城門の上の方に横長の看板が掛けられているのが見えて。

 そこに――古いものなのだろう――かなりかすれてはいたものの、慣れ親しんだ文字があるのが目に入ったのだ。


「あれって漢字……、だよな? 『大』、『輪』、『田』……、大輪田おおわだ? 『大輪田おおわだとまり』ってなんか日本史でやったな……? あぁ、そっか! 『大輪田』→『ダイリンデン』→『ディリンデン』なのか!」


 ガッテンした俺はポンと手を打った。


「なんだよ、ディリンデンって漢字が元だったのか。洋風の名前だとばっかり思い込んでたよ。でも漢字だと分かった途端に、なんか急に親近感も沸いてきた気がするから不思議だよな」


 異国の地でふとしたことで母国とのつながりを感じた旅行者のように、異世界で漢字を見た俺は、無性にうれしくなってはしゃいでしまったんだけど、


「……これは驚いたね。ここに書かれている文字は、この街を建設した初代辺境伯が使っていたとされる、特殊な古代文字だと聞いていたんだけど。読み方はまさにセーヤが言った通りだ。これは一般市民には公開されてない情報のはずだけど、セーヤはそんなものまで読めるんだね」


「……え? あ、それは、その……」


「なんでも一説によれば、この文字は異世界の言語だとかなんとか」

「そ、そうなんだ……? へー、そこまでは知らなかった……、かな……?」

 ヤバい、ちょっとはしゃぎすぎたぞ……。


「ふむ……(思索にふけるナイア)」

「ちらっ……(さりげなく様子をうかがう俺)」


 互いに言葉がなくなり、がやがやと周囲がにぎわいの喧騒に包まれる中で、俺たちの間にだけ不自然な沈黙がとばりを降ろす。

 そんな何とも言えない空気を破ったのは、


「そっかそっか。セーヤは強いだけじゃなくて博識でもあるんだね。いやはや恐れ入ったよ。さすがだね、セーヤ」

 ナイアのお褒めの言葉だった。


「そ、そう? うん、ありがとう。こう見えて意外と物知りなんだ。はははは……」

 オッケー、とりあえずこの場は流せそうで良かった……。


 正直なところ、自分が異世界人だと明かす勇気はまだちょっと、ない俺だった。


 というのもそれを話してしまうと、俺が何でもできるのが全てチートのおかげだってことも、話さなきゃいけなくなるかもしれないからだ。


 ここまでずっと「さすがです、セーヤさん!」みたいに持ち上げられておいて、なんだ全部ニセモノの力だったのか……、って幻滅されるのは想像するだけで怖いから。


 あの時――《神焉竜しんえんりゅう》との戦いに心が折れて――なにもかもどうでもよくなって、全てを告白しかけた俺を、ウヅキは否定しなかった。

 ニセモノでもいいと言ってくれた。


 でもまだ俺は、その詳細は話してはいないのだ。

 もし全てをつまびらかにした時、ウヅキは、ナイアは、一体どういう目で俺を見るのだろうか?


 辛かったり惨めだったり否定されたり、転生前みたいな思いを俺はもうしたくないんだ。

 だから俺は異世界転生については話さない。


 全てを捨ててやり直したこの異世界で。

 俺は前世とは真逆の、最高のモテモテハーレム転生ライフを送るんだ――!


 そのためにも異世界関連のことは、何が何でも口にチャックで秘密にしておかなければならないのだ。


 騙すようで悪いけど、これだけは明かせない。

 ごめんな、ナイア。


「まったく、こんなのますます惚れてしまうしかないじゃないか……。セーヤは本当に罪な男だね」

「ははは……、昨日言ったろ? 俺に惚れると心が火傷するぜ、って」


「きゅーん」

 俺の軽口に、ナイアが頬を染めて胸を抑えた。

 ラブコメ系S級チート『ただしイケメンに限る』の効果は、相変わらず抜群である。


「まぁほら、もうこの話はいいじゃん。ナイアもあまり時間はないんじゃないか? なら早くデートを楽しもうぜ!」


 そうだ、俺の異世界転生はどこまでも明るく、楽しく、そしてチートかつハーレムであるべきなのだ!

 ちょっとしたことから微シリアス入っちゃったけど、オッケー、もういつもの俺だ。


 だから俺はいつも通りに宣言する。


「こんなきれいなお姉さんとデートできるなんて、やっぱり異世界転生は最高だぜ!」

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