第77話 頭ぽんぽん

 《天地開闢セシ創世ノ黄金剣アマノヌホコ》を振り抜く、その最後の最後のところで――、


「ま、こんなもんだろ――」


 俺はスッと力を抜いたのだった。


 《神焉竜しんえんりゅう》を今まさに叩きのめさんとしていた絶対不敗の黄金剣は、俺が力を緩めたと同時に、登り雷ライジングサンダーのごとく斜め前方上空へと駆け抜けてゆき――。


 世界は再び宵闇よいやみの黒へと回帰した。


 長大な光の剣から元の日本刀へと戻った神剣《草薙くさなぎつるぎ》はしかし、未だ刀身には黄金の光を保っていて、おかげで俺の周囲に限っては明かりに事欠くことはない。


「こりゃ世界で一番高価な照明だな」

 思わず苦笑する。

 かなり光度は落ちてきているものの、多分もうしばらくは光っていてくれることだろう。


「明るい間に、最後の仕上げをしておくとするか――」

 俺は《神焉竜しんえんりゅう》の鼻先まで歩を進めると、


「よう《神焉竜しんえんりゅう》。どうだ、俺の勝ちだぜ? こんだけはっきり白黒つけりゃ文句はないよな?」

 そう語りかけたのだった。


「だからってわけじゃないが、ここいらで一旦、手打ちにしないか?」

「くるるるるる――?」


 潰れたカエルのように両手両足と、あと首と尻尾を地面に投げ出した《神焉竜しんえんりゅう》。

 完膚なきまでにやられて怒りも解けたのか、《神焉竜しんえんりゅう》は素直な様子で俺の話を聞いてくれていた。


 間違いない、戦闘中に何度も感じた通りだ。

 こいつは一たび冷静にさえなってしまえば、ちゃんと話し合える相手なんだ。

 

「いやな。お前もさ、長い間あんな狭い錫杖しゃくじょうの中に閉じ込められてて、不満も相当溜まっていただろ? しかもやっと外に出られたと思ったら、持ち主がどうしようもない俗物でさ。だからむしゃくしゃして好き放題お前が暴れたくなった気持ちも、少しは分かるんだ」


 《神焉竜しんえんりゅう》の反応を確認しながら、俺は言葉を続けていく。


「でもさ。それなりに暴れてもう気は晴れただろう? 俺だって一回殺されたんだし、だから今回は喧嘩両成敗で痛み分けって事でさ」

「クルルルルルルル――――」


「なに言ってるかはよく分からないんだけど、まぁ雰囲気的に多分納得してくれたんだろ。そう受け取っていいよな?」


 言って、鼻先をぽんぽんとかるく撫でるように触ってやる。

 ――すると、ラブコメ系A級チート『頭ぽんぽん』が発動した。


「いや、別にこれくらいチートの発動がなくてもできるんだけど? ……っていうかハヅキにも何度かやったけど、発動しなかったよな? いやいいんだけどさ?」


 幼いハヅキは年齢的に対象外だったのかな?

 異世界転生局のチートの設定については、よく分かんないところがちょこちょこあるよね……。


「っていうか《神焉竜しんえんりゅう》、お前って雌、女の子だったんだな……」


 でも申し訳ない。

 確かに俺は女の子たちからモテモテハーレムしたいと思ってはいるが、さすがにドラゴンはちょっと守備範囲外だ……。


 ま、格で言えば二つも落ちるA級チートが、規格外のSSダブルエス級たる《神焉竜しんえんりゅう》に効くとは到底思えないから、その意味では安心ではあるけどね。

 ……効かないよね?


 それに今はそんなことよりも、


「よし、じゃあもう行け。なんせお前がここに寝そべったままだと、終わるもんも終わらないんだ」

 ウヅキたちも、まだ遠巻きに様子を見守っているままだ。


「俺は早く日常あそこに帰りたいんだ。だから、な?」

 言って、もういちとぽんぽんと撫でるように鼻先を叩いてやった。


 そうして《神焉竜しんえんりゅう》は俺に促されるようにして身を起こすと、その大きな翼を広げてよろよろと漆黒の空に飛び去って行ったのだった――。



「よし、これで本当に全部終わりだ――」

 夜空に消える《神焉竜しんえんりゅう》を見送りながら、


「ふぅ――」

 俺はやっとこさ、人心地ひとごこちがついたのだった。


 同時に惰性で回っていた《天照アマテラス》が完全に活動を止め、俺の中に降りてきていた《神滅覇王しんめつはおう》の欠片とともに、その存在の密度を急速に薄れさせてゆく――。


 あれだけ確かに感じられた覇気とも言うべき圧倒的な力を、今の俺はもうほとんど感じることができないでいた。

 役目を終えたチートが、再び長き眠りにつこうとしているのだ。


「ありがとうな」


 SSダブルエス級チート《神滅覇王しんめつはおう》がなければ、この勝利は絶対にありえなかった。

 万感の想いを込めて呟いた感謝の言葉にはしかし、誰も返すものはいない。


 ただ夜風がほほをぬるく撫でるだけ――。


 それでも俺は《神滅覇王しんめつはおう》が最後にふっと笑ったような、そんな気がしたのだった――。

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