第69話 大大大大――
「もう、やめてくれ――」
「……えっと、セーヤさん?」
こてん、と不思議そうに首をかしげるウヅキ。
あれだけ会いたかったウヅキを前にしながら。
しかしいざ会えた途端に俺の胸中に飛来したのは、こんな惨めな姿を見ないでほしいという、本当に情けない気持ちだった。
「やめてくれ、ウヅキ……もうやめてくれ。そんな期待するような目で俺を見ないでくれ……俺に何かを期待しないでくれ……俺はウヅキが期待するような凄いヤツじゃないんだ……何もできないただの普通の一般人なんだよ……」
「セーヤさん……あの、どうしたんですか……?」
ウヅキが心底不思議そうに俺を見た。
そのキラキラした視線が――辛い。
「俺には物語の英雄みたいに奇跡を起こして大逆転なんて、とてもじゃないけど無理なんだ。俺はニセモノなんだよ……」
だから俺をそんな風に、キラキラした期待に満ちた目で見るのはやめてくれ……。
希望に溢れた言葉で、俺の背中を押そうとしないでくれ……。
だけど、そんな俺の気持ちはまったく伝わらなくて。
相変わらずウヅキは、俺を最上の信頼を込めた視線でもって見つめてくるのだ。
「あの、セーヤさん。今のセーヤさんはなんだかちょっと元気がないみたいです。怪我もいっぱいしてますし……あ、そうです! まずはこれをどうぞ。C級薬草『
言って、ウヅキは
「『月華草』……確か俺とウヅキが初めて会った時に一緒に採りに行った――」
異世界転生の初日、出会ってすぐのことだ。
なんだか懐かしいな。
異世界転生してからこっち一日の密度が濃すぎて、なんかもうだいぶ前のことのように思えてくるよ……。
「はい、あの時に使わなかった分がそっくりそのまま残っていたので、こんなこともあろうかと持ってきたんです。でも持ってきて大正解でした! ささ、どうぞ。前にも説明したと思いますが、『月華草』にはわずかですが滋養・強壮の効果がありますから!」
いつまで経っても受取ろうとしない俺の手に、ウヅキは俺の手ごと優しく包むようにして持たせてきて――、
「いや……いいよ、もう、いいんだよ……」
俺はその手を、その手に込められた想いを――
「あ――っ」
転がった竹筒がコン、コロンと無駄にいい音を立てる。
「……セーヤさん?」
何が起こったのかわからずに、不思議そうな顔をするウヅキ。
「さっきも言っただろ……俺はウヅキが思ってるような凄いヤツじゃないんだよ……だから、俺に期待とかそういうのは、もうやめてほしいんだ……」
「そんなことありません、セーヤさんはすっごくすっごくすごいじゃないですか! なんだって解決できて! こう見えてわたし、セーヤさんのことものすごーく信頼してるんですから!」
「違うんだよ、ウヅキ。それは俺の力でもなんでもない。俺が使ってきた力は、全部借り物で偽物の――ただのチートなんだよ」
「ニセモノ? チート? ですか?」
再び可愛らしくこてんと首をかしげたウヅキに――ちょうどいい機会だ――俺は洗いざらいに全てを告白する。
「ああそうさ、俺はこんな
「セーヤ……さん?」
「でも本当の俺はどうしようもないほどに、ただの普通の人間で! 越えられない壁が出てきたら立ちすくんで、死にそうになったら怖くて諦めてしまう。俺はウヅキが思っているような、そんなすごい人間じゃないんだ……なんのとりえもない、ニセモノで外側だけ着飾っただけの、ただの普通の一般人なんだよ……」
「セーヤさん……」
「そうさ。ウヅキが知ってる俺は本当の俺じゃない。
……言った。
言ってしまった。
チートのことを、弱い俺の心を――何もかも全てをウヅキにぶちまけてしまった。
そして全てをさらけ出した俺は、うつむいたままでウヅキの顔を見ることができないでいた。
ウヅキの失望した顔を見るのが怖かった。
でもいいんだ、これでいいんだ。
全てを知りさえすれば、ウヅキだって俺に愛想を尽かすだろう。
それに安心してくれ。
最後にウヅキが《
それがニセモノの力で英雄の振りをした俺にできる、たった一つの
だからこれでいいんだ――、
「借り物じゃ――、ニセモノじゃダメなんですか?」
「――――え?」
だからその問いかけは思いもよらないものだった。
「ニセモノじゃダメなんですか? ニセモノだったら、セーヤさんがやってきたことは全部嘘になっちゃうんですか?」
「それ、は――」
「わたしはセーヤさんの過去を知りません。だから借り物とかニセモノって言われても、実のところさっぱりです。こんなにすごいセーヤさんがいったい何に悩んでいるのか、今だってよく分かっていません。だけど――」
そこでウヅキは一旦、言葉を切ると、
「だけど出会ってからのセーヤさんのことならいっぱい知っています! いっぱいいっぱい知っています!」
ニコッと特上の笑みを浮かべて言った。
泣きたくて苦しくて、色んなマイナス思考でぐちゃぐちゃになった俺の心を、そっと優しく包み込んでくる。
「セーヤさんは何度もわたしを助けてくれました。ハヅキを助けてくれました。村のみんなを救ってくれました。そして今、こんな傷だらけになっても、戦ってくれています!」
「だからそれは、全部ニセモノの力なんだよ――」
「ねぇ、セーヤさん。セーヤさんがやってきたことは、それがニセモノの力でやったらダメなことだったんですか? 誰かを幸せにすることが、それを借り物の力でしたとして、それはダメなんことなんですか?」
それはいつも誰かのためを思い、自分のできることを一生懸命やってきたウヅキらしい言葉で。
だからこそ不意打ちのように俺の心に突き刺さったのだった。
「わたしはセーヤさんがやってきたことが、とても素晴らしいことだと思います! この際、セーヤさんの気持ちなんて関係ありません。だってわたしがそう思うんですから!」
その言い方は。
グンマさんが連れて行かれて涙にくれるウヅキに向かって、俺が言ったセリフをそっくりそのままマネたもので――。
「ニセモノの力だからなんなんですか! 例えニセモノだったとしても、ずっと頑張ってたセーヤさんが、わたしは好きなんです! 大好きです! 大大大大――大好きなんです!!」
ぐっと両手を握ってあごの隣に寄せ、鼻息荒くふんすと宣言するウヅキを見て、
「まったく、ウヅキは変なところで強引なんだからさ」
俺はすぅっと肩の力が抜けたのを感じていた。
「えへへ、お相子ですもん。セーヤさんはいつも、心配するわたしの気持ちを無視して頑張っちゃいます。だからたまにはわたしも、セーヤさんの気持ちを無視して言っちゃうんですから」
「そうだな――はっ、あははは」
気持ちが楽になったせいか、なんかもう色々悩むのが馬鹿らしくなった俺は、思わず大きな声で笑ってしまっていた。
「な、なな、なんで今笑ったんですか!? っていうかですね、最後はわたし、かなり勇気的なものをふりしぼって言ったんですけど! むしろ言っちゃったんですけど!? まさかのスルーなんですか!?」
「いや、ごめん。うん――俺もウヅキのことが大好きだ。大大大大――大好きだぞ!」
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