第50話 急転

 一旦家の中へと入り、しがみついて泣きじゃくるハヅキをあやしながらどうにか聞き出したことによると――、


 俺たちがコション村に向かって少ししてから、辺境伯エフレン・モレノ・ナバーロサリオの使者がやってきた。

 そして不敬罪として俺とウヅキに裁判に出頭するようにと命じたらしい。

 だが俺たちが不在だったため、代わりにグンマさんが出向いた。


 簡潔にまとめるとこういうことだった。


「じぃ、あとは、まかせておけ、って。ワシが、いのちでもって、つぐなって、くるから、ふたりは、これまでどおり、すごせばいいって」


「な――っ」

「そんな――おじいちゃん――」

 ショックのあまり崩れ落ちそうになったウヅキを、そっと支える。


 支えながら、しかし、俺の中では全てが繋がったのだった。

 昨日からの違和感の正体に、ようやっと気が付いたのだ。


 昨日の晩に見せていた、まるで今際いまわのきわのようなグンマさんの態度。

 俺たちを必要もないのにコション村に行かせたこと。

 手紙を読んだコション村の村長むらおさの、どこか俺たちを励ますような態度。


「そういうことかよ――」


 グンマさんはこうなることを予見していたのだ。

 プライドを傷つけられた辺境伯が、すぐにでもみせしめに報復することを分かっていたのだ。

 だから俺とウヅキをこの場所から離れさせたのだ。


 緊張の糸が切れたのか、泣き疲れて寝てしまったハヅキを部屋まで運んでから、俺はウヅキと今後の方針を話し合おうとした――


「裁判って言ってたよな。つまり、こっちの正当性を証明できればいいってことだろ? 手続きとかどうやるのかな……?」


 ――のだが、


「どうしたウヅキ?」

「無理ですよ……」

 ボソっとつぶやいた姿は、いつもの明るいウヅキからは想像もできないもので――。


「無理ってどういうことだよ?」

「無理なものは無理なんです……」


「だからどういう意味だよ?」

「セーヤさんは多分知らないですよね……裁判は辺境伯が自ら行うんですよ」

「……は?」


「辺境伯が訴え、辺境伯が開廷して、辺境伯が裁く。それが裁判です。だからおじいちゃんは連れて行かれた時点で、最初から有罪が決まってるんです」


「いやいやいや、それはさすがにおかしいだろ。訴えた人間が裁くなんて、問題ありまくりだろ」

 三権分立をガン無視すぎる。


「辺境伯はこの地域のいわば王様ですから、問題なんてないんです……裁判なんて最初から決まってる結論を言い渡すためだけの形だけのもので……有罪になって……不敬罪だからそのままその場で、即、死刑です……」

「そんな理不尽な……」


「それに、もしおじいちゃんを助けたとしても、きっと後でもっと酷いことをされちゃいます……おじいちゃんもそう思ったから、自分が身代わりになって終わらせようとしたんです……だから、だからこれでいいんです、これで、いいんです……」


 ウヅキが力なくつぶやいた。

 肩を落としてしょんぼりとうつむく姿が、俺の心を激しくかきむしる。


 この世界ではこれが当たり前なのか?

 当たり前だとして、俺はこんな理不尽を許容するために異世界転生をしたのか?


 可愛い女の子が、辛くて、悲しくて、苦しくて、泣きそうになって、でも必死に歯を食いしばって耐える姿をただただ眺めているために、この世界にやってきたのか?


「いいや、違う――俺は――」

 俺は、可愛い女の子の笑顔に囲まれたモテモテハーレムを作るために、異世界転生したんだ。


 そのためのチートだって手に入れた。

 抗うための、戦うための力を手に入れたんだ。


 なら、悩むまでもない――結論なんて最初から決まっているじゃないか――!


「いいわけないだろ、全然いいわけない! ウヅキがよくったって、俺が全然よくないんだよ!」

「なっ、わたしがいいって言ってるんです! セーヤさんには関係ないじゃないですか!」


「関係あるに決まってんだろ! そんな悲しそうな顔して、そんな泣きそうな顔して。なのに大丈夫です、なんてやせ我慢を言われたら、無理やりにでも助けたくなるんだよ!」


「そ、そんなの知りません! セーヤさんは勝手です!」


「最初からそう言ってんだろうが! 俺は俺の勝手でウヅキが悲しむのを止めたい! 俺は俺の勝手でウヅキが泣くのを止めたい! 俺は俺の勝手でウヅキの笑顔を取り戻したい! いや、絶対に取り戻す! いいから黙って俺に助けられてろ! グンマさんが死んでいいのかよ!」


「そんなの……そんなの、いいわけ、ないじゃないですか……そんなのいいわけないに決まってるじゃないですか! でも、でも……そんなこと言ったってどうにもならないじゃないですか……」


「大丈夫だ、俺が今から助けに行く」


「ば、バカなこと言わないでください! ここから街まで10キロ以上あるんですよ! どれだけ急いだって30分はかかります! 公開裁判はいつも夕刻に始まります。もうきっと裁判は始まっちゃってます。それに街は壁に囲われていて夜間は簡単には入れないんですよ! 入れたとしても、どこになにがあるか、街の作りだってセーヤさんは知らないじゃないですか! もう無理なんですよ……」


「だからって何もしないのかよ! このまま理不尽な運命に耐えるのかよ!」


「耐えるしかないじゃないですか……なにもできないなら、耐えるしかないじゃないですか……セーヤさんまで、わたしをいじめないでください……助けられるなら、助けたいに決まってます……でもできないから、ひっく……我慢しようと、してる……のに……ひっく……セーヤさんまで、わたしをいじめないでくださいよ……」


「助けたいんだな。それがわかれば十分だ」

 言って、俺はウヅキを抱き寄せた。


「あ……」

 そうだ、それさえわかれば十分だ。

 戦う理由には、抗う理由には、十分すぎる――!


 ぎゅっとウヅキの腰に回した手に力を込めた。


「俺は理不尽を許しはしない――」

 そういうのは全部、前の世界に捨ててきたんだ――。


 胸の中で涙するウヅキに。

 ウヅキを泣かせるこの世界に。

 そして何よりも自分の心に、


「ウヅキの、俺の大切な人の幸せを、笑顔を、土足で踏みにじろうというのなら――」


 言葉を紡ぎ、高らかに宣誓する――!


「そんな理不尽を強いる奴は、辺境伯だろうが皇帝だろうが関係ない――! 誰であろうと地獄の底で未来永劫、後悔させてやる――」

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