第48話 美少女おにぎり係

「セーヤさん、このあたりでお昼にしませんか?」

 家を出てから2時間ほどたったころ、ウヅキがそう切り出した。


「そうだな、ずっと歩きどおしでお腹も減ってきたし」

「じゃあすぐに用意しますね」

 敷物を引いて、竹水筒を取り出してと、てきぱきとウヅキが用意を始める。


「おっ、お昼はおにぎりか」

「すみません、急だったのでこんなのしか用意できなくて」


「いいや、すごくおいしそうだ。さっそくいただくよ」

「はい、どうぞです」

 ウヅキが差し出したおにぎりにかぶりつく。


「うん、これは……素直においしい」

 ほんのわずか、いつもの味付けよりも濃い目に付けられた塩味は、疲労回復の意味合いがあるのだろう。

 歩く時の疲労を軽減してくれる移動系B級チート『徒歩かちよりもうでけり』があるとはいえ、全く疲れないわけではない。


「ほんとちょっとしたことでも、さりげない細やかな気配りが感じられるんだよな……」

 いたるところで感じられる女子力の高さ。


「まったく、ウヅキは女子力の総合商社だな」

「実は意味がよくわからないんですが、褒めてくれてるのは分かります。えへへ、ありがとうございました」


 それに何の変哲もない塩おにぎりだけど、意外と美味しいおにぎりを作るのは難しいのだ。


「形が崩れないようにしっかりと握りながら、しかし米粒がつぶれないように計算し尽くされたギリギリ絶妙の力加減……精緻なバランスによって完成する、これが、これこそが真のおにぎりだ……!」


 少なくとも俺が何も考えずに残った白米で作っていたおにぎりは、形だけそれっぽいだけの、ウヅキの芸術作品とは比べるのすら失礼な出来だった。


「指じゃなくて手のひら全体で握るんです。あとは何度も握らないことですね。おにぎり1つにつき3回くらいでパッと握り終えると、ふわっと仕上がるんですよ」


「言うはやすし行うはかたし、だ。軽い力&少ない回数で握っているのに、決して形は崩れない……今、目の前にあるこれが、匠の技の結晶というものか……!」

「えへへ、セーヤさんにそう言ってもらえると頑張って作った甲斐がありました!」


「うん、でもほんと美味しいよ。これならいくらでも食べられそうだ」

「はい、たくさん作ってきたので、食べられるだけ食べてくださいね。セーヤさんにたくさん食べてもらえたら、わたしも嬉しいですから」


 ……なんていう、ウヅキとのこそばゆい会話を楽しみつつおにぎりをほおばる。

 ああ、俺の求めていた理想の世界が、今ここにある!

 この幸せな空気にずっとに包まれていたい……。


 感激にひたりながら、同時に俺はもう一つ――決して口にはしないが――密かに着目しているポイントがあった。

 それは――このおにぎりはウヅキと言う美少女が握った、ということだ。


 ウヅキの手で一生懸命に握られたそれは、まさにプレミアムかつプライスレス。

 お金で買えない価値がある。


「えへへ、美味しくなりますように」

 とか言いながら握っている姿を妄想すると、それだけでこのおにぎりを20個くらい食べられそうじゃないか!


「よし、ハーレム完成のあかつきには、絶対に美少女おにぎり係を作るんだ……!」

「ビショウジョオニギリガカリ? なんですか?」


 こてんと首をかしげるウヅキ。

 おおおおい、俺ってば、なに口に出してるのさ!?


「えっ、いや、なんだろうね? 自分でもよく分からないや、はは、あはは……」

「ふふっ、へんなセーヤさんです」


「全てはおにぎりが美味しすぎるのがいけないんだ。いけないやつだな、まったく」

「気に入ってもらえたみたいで良かったです。また今度作りますね」


 俺はラブコメ系S級チート『ただしイケメンに限る』だけを頼りに、強引に押し切ったのだった。


 楽しくおにぎりを食べ終えたあと、俺とウヅキは二人で並んで座りながら、空を見上げていた。

 開けた視界の中を、雲がゆったりと右から左へ流れてゆく。


「空が広くて綺麗だなぁ。空気も澄んでるし」

 都会ではまず拝めない雄大な眺めに、思わず言葉がこぼれた。


「……? 空ってどこでも同じじゃないんですか? セーヤさんの住んでいたところは空が違うんですか?」

「えっと、あー、そうだな……俺が住んでいたところは、何て言ったらいいのかな、周りをビル……えっと、すごく高い建物に囲まれてるところでさ。こんな風に一面開けた空ってのはまず見ることができなかったんだ」


「うーんと、森の中みたいな感じでしょうか? すみません、あんまり想像がつかないです。でも、いつかセーヤさんの故郷にも行ってみたいですね。セーヤさんが生まれたところなんですから、きっとすごく素敵なところなんでしょうね!」


「あー、うん、どうだろう。まぁ、もし機会があったらね」

「えへへ、楽しみにしてますね」


 にっこりと満面の笑みを浮かべるウヅキを見て。


 いつかはウヅキに、俺が日本から異世界転生してきたことを打ち明けることがあるのだろうか?

 そしてその時、ウヅキはどんな反応をするのだろうか?


 ふと、そんなことを思った――。

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