第45話 サクライ・グンマ

「さっきはすみませんでした」


 家に戻るなり開口一番、俺はグンマさんにさっきの一連のやりとりについての謝罪をした。

「嫌がるウヅキを無理やり連れていこうとするのをみたら、ついイラッとしてしまったんです」


 実のところ、あの行動そのものにはまったく後悔はしていない。

 もしあそこでウヅキが連れて行かれるのを指をくわえて見ているだけなら、俺は異世界転生をした意味がないからだ。


 俺はこの異世界で、俺を中心としたモテモテハーレムを作るのだ。

 そして俺の理想とするモテモテハーレムは、俺を好きな女の子たちがみんな笑顔でなくてはならないのだ。


 それを邪魔するというのなら、相手が権力者だろうが関係ない。

 俺は権力におもねって見て見ぬふりをするために異世界転生したのではないのだから。


 むしろ権力でどうのこうのするという、転生前を思い出させるようなムカつく奴らは、売った喧嘩を倍返しにして完膚なきまでに粉砕してやりたいくらいだった。


 ただ、権力者にたてついたことにより起こるであろう問題については考えざるを得なかったし、やはり村長むらおさであるグンマさんには謝罪をすべきだと思ったのだ。


 だけどグンマさんはというと、


「謝られるようなことではありませぬ。それこそマナシロさまの仰ったとおりです。ただ権力者というだけで、人の心を踏みにじってよい道理などありはしません」

 そう言って笑って許してくれたのだ。


「でもあれでも辺境伯――このあたりの領主なんですよね?」

 自分でも言ってたし、なにより見るからに偉そうな態度だったからな。

 それに喧嘩を売ってしまったのだから、今後何かにつけていわれのない不利益が発生することは想像に難くない。


「なーに、そんなの関係なぞありません。村の皆の態度を見れば明白ですじゃ」

「確かに、よくやった、せいせいしたって、あの後みんなから言われましたけど」


「今の領主様はすぐに新しい税を作ってワシらから金を巻き上げては、湯水のように贅沢な暮らしをしておっての」

「あの黄金の馬車を見ればさもありなんです……」


「しかも最近は大枚をはたいて怪しげな秘宝を集めているとも噂されておる始末。そんな人間に大切なウヅキが連れていかれようとしたのじゃ、もしマナシロさまがやらねば、ワシがやっていただけのことですじゃ」


「いやさすがにそれはどうなんでしょう……?」

 思わず苦笑する。


「いやいや、こう見えてワシは若い頃、この辺りで一番の力自慢じゃったんですぞ? 隣村の村長むらおさと亡き婆さんを巡って丸一日殴り合ったのに比べれば、領主を蹴り飛ばすなんぞ、大したことではありません。ついこの間も、クマを追い払ったくらいですからのぅ」


「あ、確かタケノコを掘ってたらクマに遭遇した、って……」

 異世界転生初日に、確かウヅキがそんな話をしていたはずだ。


「っていうか逃げずに戦ったんですね、クマと……」

「おじいちゃんもいい年なんだから、素直に逃げればいいのに」


「逃げるじゃと? あのクマときたら、ワシが可愛い孫娘たちのためにと、丁寧に時間をかけて掘ったタケノコを、いけしゃあしゃあと横からかっさらっていこうとしよったんじゃぞ? お灸を据えてやらんとご先祖様に申し訳が立たんわ」

「それでクマと戦うとか……」


「ふん、奴ときたらタケノコばかり見ておったからの。こう、隙をついて弱点の額に一撃かましてやったら、一目散に逃げていきおったわ」

「タケノコくらいまた掘ったらいいじゃない。おじいちゃんも若くないんだから、怪我とかしたら心配するんだからね」


「としよりの、ひやみず」

「おぉ……ハヅキよ、どこでそんな言葉を覚えてきよったのじゃ……」


 あははは、とみんなで笑いあう。

 さっきまでのシリアスな雰囲気はいつの間にか霧散してた。

 多分だけど、そういう風にグンマさんが仕向けてくれたのだ。


「ほんと仲がいいんですね」

「可愛い可愛い孫娘たちじゃからのぅ」

 グンマさんが優しい目で笑い合う姉妹を見つめる。


「ハヅキ、まなしーのが、すき」

「こ、こら、ハヅキ!」


「……? おねぇだって、そう」

「ふぇっ!? そそそ、そんなことは……あ、いえその、ないわけでは、あの、えっと……」


「そうかそうか、二人とも本当にマナシロさまのことが好きなんじゃの。よきかなよきかな」

「うん」

「えと、その、えへへ……」


「本当にこんな団欒だんらんを守ってくれて……感謝するのはワシの方じゃ。ウヅキのために立ち向かってくれたこと、ワシの人生を通してもこれほど嬉しかったことはそうはございませんでした」


「わたしも、すごく嬉しかったです、えへへ」

「ハヅキも、うれしー」


「切っ先を突きつけてウヅキを守ると啖呵を切った時なぞ、胸の奥が心底スカッとしましたぞい。色々なことがあった人生ですが、最期にこのような素晴らしい出会いに巡り合えたとは、もはや今生に思い残すことはありますまいて」


「いや、そんな今際いまわきわの遺言みたいなこと言わないで下さいよ」

「そうだよおじいちゃん、まだまだ元気でいてもらわないと」

「じぃ、なみだ」

 グンマさんの目には光るものがにじんでいた。


「いかんいかん、年を取るとどうにも涙腺るいせんが緩くなってしまってのう。それもこれもマナシロさまが来てくれたおかげじゃ。感謝してもしきれんとはこういうことを言うんじゃの。マナシロさま、孫娘たちのこと、どうか末永く頼みましたぞ」

「それはもう、もちろん。必ず幸せにしてみせます」


「はわっ、セーヤさん……」

「ウヅキ……」

 二人、見つめ合う。


「う……ハヅキも……」

「ごめんごめん、仲間外れするつもりはなかったんだ。ほら」

 言って、今度は頭を撫でながらハヅキを優しく見つめてあげる。


「でも、おじいちゃんったらさっきから変なことばっかり言うんだから」

「ほんとですよ」


「ははっ、そうですな。まだまだ長生きして、できればひ孫の顔も見てみたいですしな」

「はわっ、ひ孫!?」

 ウヅキが顔を真っ赤にして両腕を身体の前に寄せた。


 チラッとこっちを見たかと思うとすぐに目を逸らす。

 もうほんとに可愛すぎて困る。困らないけど困る。


 ちなみに俺はというと、

「ご、ごくり……」


 両腕によって両サイドからぎゅむっと強調されて、凄まじいことになっているおっぱいから目が離せないでいた。

「ここまできたらもはや反則だろ、常識的に考えて……」


 後になって思えば、この時のグンマさんは終始、感傷的だった――感傷的に過ぎていた。

 でもこの時の俺は最後までそのことに、気付くことができなかったのだ――

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