第22話 天使と悪魔のそこまで言って委員会

 その夜。

 俺に割り当てられた一室にて。

 服はウヅキたちの父親が使っていたというものを貸してもらって、布団の上で寝転がっていた。


 ウヅキの両親は、ウヅキがまだ幼い頃に流行り病でなくなったらしい。

 少しさみしそうに、昔を懐かしむような顔で、しんみりとそう教えてくれた。

 俺が守ってあげないと、とそう強く思った。


 まぁそれはそれとして、だ。


「俺のバカバカバカバカ! ええかっこしいのおたんこなす! 絶対やれた、確実にやれた、間違いなくやれた!」

 俺は悶々もんもんとしながら、さっきの一件を何度も何度も思い返していた。

 それはもう何度も何度も。


「最初に強引に抱きしめでもしてたら、確実に120%大人の階段上ってた! あの巨乳を好きなだけ揉みしだいて、だけでなく挟んじゃったりもして、そりゃもうめくるめく大人の世界にダイブしてたはず! なのに、なのに俺はなぜああも無駄にカッコをつけたのか! なぜだ!」


『童貞だからさ――』


「うるせーよ黙れ!」


 これは俺が独り芝居をしている――訳ではもちろんない。

 頭上では俺の顔をした天使と悪魔が、喧々諤々けんけんがくがくの議論の真っ最中だった。


 ラブコメ系S級チート『天使と悪魔のそこまで言って委員会』による対話式カウンセリングが行われているのだ。

 自分を心の底の底から見つめ直すことで、精神の安定を図るとともに、今後にむけた一定の結論を得るというチートである。


 ちなみに「 」の方が悪魔で、『 』の方が天使の発言だ。


『でも初めては愛し合う相手といいムードで……って決めていたんだろ?』

「それはあくまで異世界転生する前の話であって、異世界転生したからにはモテモテハーレムを目指すんだよ!」


『そのモテモテハーレムは、みんなが幸せじゃないと意味がない』

「最後はこれ以上ないくらいに理想的なムードだったじゃないか! なのになぜこんな結果に!?」


『まぁ、あれはちょっと運がなかったな』

「ウヅキだって憎からず俺のことを思ってくれてるはずだ。ラブコメ系S級チート『ただしイケメンに限る』はほぼずっと発動してたんだぞ。しかも色々と助けてあげたりもしたし」


『なんだ、そんな下心から人助けしてたのか』

「んなわけねーだろ。俺は可愛い女の子が笑っているのが好きなんだ。でもえっちなことしたいとも思ってる!」


『色んな意味で、男らしいな』

「自分相手に本心隠しても仕方ないからな。だいたいなにが『無理することはないよ。俺はそんなこと、ウヅキに少しだって求めてない』だ。求めまくってるわ! 最初から最後までちんこギンギンだったわ! カッコつけるのもほどほどにしろ! だから俺は童貞なんだよ!」


『自分で言ってて悲しくならないのか』

「悲しいから、今こうやって嘆いているんじゃないか! ああ、俺は何故、棚から落ちてきた牡丹餅ぼたもちを、また棚の上に戻したのか!」


『女の子の笑顔と、理想の異世界転生のためだろ。何も間違ってないさ』

「間違ってないのがまた無性に悔しいんだよ!」


『後からするから後悔なんだ』

「そんな一般論は聞きたくない!」


『終わったことだ、諦めろ』

「そんな容赦も優しさもないアドバイスは、もっと聞きたくないわ!」


『めんどくさいなぁ……』

「しゃぶれや! とか言えたかもしれないのに!」


『……ごめん、さすがにそれはアウトだ。完全にアウト。百年の恋も一瞬で冷める』

「……だよね、うん。さすがにアウトだね。言ってて自分でもちょっと引いた。反省してる」


『いいからそろそろ寝ろ。おまえは疲れているんだよ。あまりに不毛すぎる』

「だから寝れるわけねーだろ。童貞を捨てる絶好のチャンスを、俺は俺は――なぜええかっこしたのか――(以下エンドレス)」


 カッコつけるべきか、それとも種をつけるべきだったのか。

 S級チートのカウンセリングをもってしても、簡単には抑えられないこの気持ち!

 ……はぁ。


『やれやれ――』

 終わりのない堂々巡りは、疲れ果てて寝落ちする朝方まで延々と続いたのだった――

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