第7話 涙の池

 ユーリから聞いた話では、その夜ユーリの自宅で泊っていったミンジュさんは腫れた足の湿布を替えたり、熱が出たユーリに薬を飲ませたり、優しくかいがいしくお世話をしてくれたそうだ。

 でも次の日熱が下がって元気になると、先輩の電話に出なかったことと、足が痛くて調子が悪いのに無理して仕事をしたことをすごく怒られたそうだ。

 ユーリは無茶するから嫌いだって言われちゃった、と彼女がいたずらっ子のように言った。

「僕もユーリのそういうとこ嫌いです」

「だって、迷惑かけるの嫌なんだ。事故だって、もうちょっと彼女の事気にしてたら落とされなかっただろうし。私も悪い」

「貴女は本当にバカみたいにお人好しですね。あれは正直、傷害事件です」と僕は心から呆れた。

「彼女は悪い人じゃなかったから。ルイ君のファンだしね」

 彼女がこんなんだからミンジュさんはさぞ心配だろう。


 2日目はユーリの足が大分良くなったので、リウさんのゲリラライブを二人で見に行ったそうだ。

 リウさんの新曲がすごく良かったし、彼のライブすっごくかっこ良かった、とユーリが少し興奮して言った。

「それ先輩の前で言ってませんよね?」と聞くと、

「もちろん言ったよ、新曲もリウさんもめっちゃかっこいいねー、って。なんで?」と言った。

 可哀想なミンジュさん。

 その状況が目に浮かぶよ。

 リウさんとミンジュさん達はライブの後一緒に飲んで、音楽の話で盛り上がったそうだ。

 同じ人が好きなんだ、きっと音楽の趣味も合うのだろう。


 その事件の後、ユーリの株がダダ上がりした。

 なんせ階段から突き落とされて軽傷な上に、僕のファンをかばったのだから。

 前回のナイフ男の件と合わせて男前すぎると評判になり、写真集は良く売れていた。


 僕はますますユーリと先輩が好きになり、暇があれば作業室でたむろした。

 ミンジュ先輩は作業室で僕たちが日本語の勉強をしていても、歌を歌ってても全然気にならない様子だった。

 むしろ、僕たちがいることで作業が楽しそうに見えるのが不思議だ。

「ね、先輩。僕たちが周りでワイワイしてて作業の邪魔になりませんか?」と一度聞いてみたら、

「うるさいよ。わかってるなら静かにしてくれ。でも、いてくれると和む、かな」と少し恥ずかしそうに言った。

 時々垣間見せるギャップ。

 ユーリが先輩を好きな理由の一つが分かった気がした。

 そういえば、たまにミンジュ先輩がじっとユーリを見ていることがあった。

 ユーリはそれを知らずに僕と一緒に遊んでいる。

「ね、もう一つ聞いてもいいですか。ミンジュ先輩はユーリのこと好きなんでしょ?なんで作業室でもっとそばにいないの?」

「おまえがいると恥ずかしいからな」とごまかす。

「先輩ウソでしょ。ユーリはもうすぐアメリカに帰るんですよね、もっと一緒にいないと逃げられちゃうよ?」

「バーカ、わかってるよ。俺は多分好き過ぎるから重いんだよ。しかしおまえに心配されるなんてなぁ」

 そう言った先輩は小さい子供みたいだ。

 僕がなんとかしなくちゃ、と思った時、僕はなんでユーリの周りを僕がウロチョロするのをミンジュ先輩が止めさせないかわかってしまった。

 きっとユーリの喜ぶようにしてあげたいからだ。

 ミンジュ先輩の懐の深さを垣間見て、僕は勝てないと確信した。


「ミンジュせんぱーい」と言っていつものように作業室に入ると、先輩はソファーで寝ていた。

 ユーリを携帯で呼ぼうとして廊下に出ると、ちょうどここに来ることろだった。彼女に、

「ユーリ、今先輩一人だから、チャンスだよ。側にいなよ。僕自分の部屋にいるけど、誰かに聞かれたらここにいたって言うから」と言った。

 ユーリはびっくりして、

「どうしたの、急に」と笑った。

「だってもうすぐ帰っちゃうんでしょ。もっと二人で一緒にいなよ」

「ありがとう。やっぱりルイ君は私に元気をくれる」

 ユーリは今まで見たことないくらい嬉しそうに言って、作業室に入って行った。


 次の日、ユーリに会うと、

「昨日はありがとね。今度二人でデートすることになったよ、ルイ君のおかげ」とこっそり言ってから仕事に向かった。

 ミンジュ先輩、素直になったみたいだ。

 ユーリのとびきり嬉しそうな顔が僕を複雑な気分にさせる。

 でもユーリが悲しむよりはずいぶんとましだ。


 僕はユーリから借りた本でも読んでみようと部屋に戻り、泣いた。

 二人の間に僕が入るスキなんて全然なかったんだ。

「恋は水色」って本当だ。

 僕の15歳の夏に流した涙を集めたら小さな水色の池が出来るだろう。

 

 泣きながら読んだ小説は、彼女らしいハードボイルドな内容だった。

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ぼくのはつこい 海野ぴゅう @monmorancy

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