第3話 手ブラとジーンスと初めてのキス

「おはようございます、昨夜はありがとうございました」

 次の日の朝食で会ったら、昨夜と同じ格好のユーリは素知らぬ顔でメンバーに挨拶していた。相変わらずスッピンだ。

 堂々としていて、多分ランさんのが年上なのに、格下に見えるのはなぜだろう。

 彼女は強いかと思ったら泣くし、不思議だ。

 出来たらもう少し話をしたいと思うが、みんながいると話が出来ない。

 今夜もあの砂浜にいるだろうか。

 こっそり行ってみよう、と僕は思った。


 僕たちがプールで撮影していると、黒の丈の長いワンピースを着たユーリが事務所の先輩と一緒に歩いてきて、レストランで食事を始めるのが見えた。

「あれ、ミンジュ先輩じゃん。なんでユーリといるの?もしかして先輩が新人をプロデュースするって噂、ユーリのことなのかな?」

「社長のお気に入りって本当だったんだ」と僕たちが小声で言ってたらお昼休憩になった。

 ミンジュさんは事務所の先輩なので挨拶に行くと、僕たちをさらっと見て、

「ふん、おまえらか。まあ頑張れよ」とぶっきらぼうに言った。

「これは彼の最大限の励ましですから」とユーリが彼を睨み付けてから優しく僕らに言った。


 僕たちが席に戻ると、ユーリがミンジュ先輩に、

「もう。せっかく後輩が頑張ってるのにああいう言い方はない」と言っているのが聞こえる。僕は耳だけはいいのだ。

 ユーリは先輩にはっきりものを言えるくらい仲良しなんだろう。

 ミンジュ先輩は不機嫌な顔でユーリの言うことを聞いているのかいないのか、黙ってご飯を食べていた。


 昼からのユーリの撮影にミンジュ先輩が参加してると聞いて、僕たちは空き時間に見学させてもらった。

 プロデューサーといえども第一線のアイドルである先輩は自信に溢れていてかっこ良かった。

 でもユーリも不思議な存在感がある。

 二人で撮るときは距離が適度にとられていたが、僕は空気で二人の距離が本当はとても近いように感じてすごく焦ってきた。

 今すぐユーリに寄って行って、

「ねえ、ミンジュ先輩とどういう関係?」って聞きたくて仕方がない。

 そんな僕をユーリはチラリと見て『落ち着いて、また後でね』という顔をしたように思えた。


 マネージャーが、午前に撮ったユーリの写真を、「勉強に」と言って見せてくれた。

 色々な写真があったが、彼女がジーンズをはいている写真がとても気になって仕方がなかった。

 上半身が裸で、胸を男性の手の平で隠してあるのだ。

 この手は、ミンジュ先輩じゃないか?

 そうなら二人は間違いなく親密な仲だ。

 彼女は挑戦的な表情をしたもの(僕はこれが一番好きだった)や、機械のように無表情のもの、あとは恥ずかしそうなものなどがあった。

 僕がその手ブラ(手でブラジャーの略だ)の何枚かの写真を見ていたら、他のメンバーが見て「おー、これめっちゃエロい」「触ってるみたいな気になるな」と騒ぎだした。

 そういう視点で見てなかったので驚いたが、そう言えばエロティックだ。

 若い僕たちの反応を見ていたスタッフさんが、

「それね、多分だめかも。新人にしてはちょっとショッキングだもんね。ユーリは気に入ってたけど」と言った。

「これ、どうやって撮ったんですか?」と僕が聞くと、

「いや、上半身裸だからってミンジュさんがユーリに気を使ってカメラマンだけ残して撮影したら出来たのがそれ。芸術的に美しいけどねぇ、もったいない」と教えてくれた。

 先輩とカメラマンで撮った、ということはやっぱりこれは先輩の手なのだろう。


 僕は打ちのめされた。



 午後から急に元気がなくなった僕をメンバーは心配してくれて、

「どうした、なんかアイスでも買ってきてやろうか?」「調子が悪いのか、医務室一緒に行くか?」などど甘やかす。

 僕はアイドルグループの中のアイドル的存在なのだ。

「うん、大丈夫。ちょっと部屋でゆっくりするよ」と撮影が終わってから食欲がないので部屋に戻った。

 部屋からは夕方で人がまばらなビーチが見える。

 冷蔵庫からリーダーが結局買ってきてくれたアイスを取り出して食べながらぼんやりしていると、黒いワンピースの女性が一人で砂浜を歩いているのが見えた。

 僕は考える暇もなくすぐに部屋を飛び出た。


 砂浜を走ってやっと追い付いて「ユーリ!」と声をかけると、

「あら、ルイ君。今日は撮影見に来てくれてありがとう。明日帰るし夕日が綺麗だから見納めしとこうと思って」と僕に屈託なく笑いかけた。

 僕はユーリに抱き着いたら、二人で砂浜に尻もちをついた。

 ユーリは笑って、

「どうしたの。ワンちゃんみたいに飛びついてきて」と言った。

 子ども扱いして頭を撫でそうな勢いだ。

 なぜか猛烈にイラっとして彼女の手首をつかんで砂浜に押し付けた。

「僕の事赤ちゃんみたいに言わないで。ユーリが部屋から見えたから追いかけてきたんだ」

「そうね、ごめん、子供じゃないもんね。そうだ、昨夜はありがとう。おまじない、効いたよ」と彼女は僕の下で平然として言う。

 僕ではやっぱり彼女をドキドキさせられないのだろうか。

「ミンジュ先輩に会いたかったの?」

 彼女はちょっと黙ってから、

「違う。君には本当のことを言わないとダメかな。私が会いたいのはお父さんだよ。飛行機事故で死んだの」と言った。

「ごめん、変なこと聞いて。じゃ、先輩とはどういう関係なの?」

「付き合ってる」と平然と言った。

 僕が絶対言わないと信じているようだ。

「ね、もういいかな?この態勢」と言った彼女に僕はかがんできこちなくキスをした。唇を離すと、

「ごめんね、ルイ君の初めてのキスが私で」と彼女が申し訳なさそうに言った。

 僕は泣きたくなってきた。

「なんで?僕はユーリが初めてで本当に嬉しいのに、そんなこと言わないで」と頼んだ。

「私はミンジュさんのことが好きなの。だから、ルイ君の思いには答えられない」

「嫌だ。貴女が僕の事好きになるまでずっとこうしてるから」

 ユーリはプッと噴出した。

「ここでずっと?もうホントに君は面白いね。思わずかまっちゃう」

「笑わないで。本気だから」

「ごめん。でも、ミンジュさんが私の事を捨てても、私は彼の事がずっと好きなんだよ」

「捨てられたら僕がユーリを拾ってあげるから、好きでいちゃだめ?」

「ルイ君の時間がもったいないでしょ?もっと乱暴じゃない可愛い人がいっぱいいるよ」

「そういう正直なところが好きだ。強いとこも、泣き虫なとこも。僕がいつでも元気をあげるから、だからお願い」

 至近距離で見る彼女もとても綺麗だった。

 そして写真では伝えきれない強い意志を感じる。

 本当に18歳?と僕は思った。

 僕が彼女から目が離せないでいると、急に身体が浮いて横に投げ飛ばされた。

 ミンジュ先輩だった。

「何やってんだよ、ユーリは俺の女だ。捨てられたら、って勝手に言ってんじゃない。捨てねーよ。昨日の電話もおまえか」と言って、ユーリの腕をとって乱暴に立ち上がらせた。

「こいつかって聞いてるんだよ」とユーリに怒鳴る。

「違う」とユーリが冷静に言うと、ミンジュ先輩がため息をついた。

「別のやつかよ。おまえはガードが甘いんだ。おい、そこの小僧。ユーリはおまえが思う以上に付き合うのが大変なんだよ。おまえには無理だ、諦めろ」

 そう言って、ユーリを連れて行ってしまった。

 

 僕の初恋は始まってすぐに、かけらも残さないくらい粉々になってしまった。

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