第2話 白いワンピースで腕固め、そして流れ星

 ユーリに初めて出会ったのは南の島、サイパンだった。

 着いてすぐに彼女はほっそりとした白い麻のワンピースで僕たちに挨拶に来た。

 サイパンの青い空に白が映えて眩しい。一切アクセサリー類は身に着けていない。

 男子のような黒の短い髪はアシンメトリーで柔らかそうにセットしてある。にこりともせず少し冷たそうな印象だった。

 一緒の事務所に所属する彼女は初写真集を撮影する為に来たそうだ。


 僕たちはデビューしたての5人組アイドルグループで、MVと写真集を撮影していた。

 初めてで慣れないことも多くてストレスがたまっていたところに彼女が来て、僕達は一気にやる気になった。

 具体的にどういったやる気かと言うと、誰が一番初めに彼女の携帯番号を聞き出せられるか、というものだ。

 実にバカげている。

 だって末っ子の僕に勝ち目は無さそうだった。

 

 撮影やインタビューなどが終わって夕食になると、僕たちはレストランで彼女が現れるのを待つことにした。

 ゆっくり食べながら待っていると、ナチュラルなベージュのワンピースに黒のサンダルのラフな格好の彼女が一人で来た。

 髪は洗いたてでサラサラだ。撮影の為のメークは全て落としてあり、スッピンだったので余計に少女の様に見える。

 まずはグループの真ん中のユンとパク2人が彼女のそばに行き、僕らのテーブルに誘った。

 彼女はちょっと迷っていたが、こちらに来た。

「お邪魔していいんですか?」と遠慮がちに彼女が言うと、リーダーは

「もちろん。男ばかりでずいぶん退屈してたんだ」と嬉しそうに返事した。

 

 食事はバイキングだったので、何皿か持って来ては分け合って食べていると、彼女がかなりの量を食べるので僕はびっくりした。女子は男子の前では小鳥のように少ししか食べないと思っていた。

 皆が勝負の為に女の子が好きそうな食べ物を持ってくるが、一度も断らずに皿にとっては食べた。

「けっこう食べるんだね」と驚いているユンに言われて、

「太らない体質なので、好きなだけ食べてます」とさらっと言った。

 彼女はあまり話すことが得意ではないようで、皆の話を柔らかい表情で聞いていた。始めは冷たそうに見えたが、そうでもないようだ。

 リーダーがこっそり連絡先を聞いているのが聞こえたが、今携帯を持ってなくて番号がわからないと言われていた。

 確かに手ブラで何も持っていない。

 そして彼女は食べ終わったら、

「ご一緒出来て楽しかったです、失礼します」とにっこりして頭を下げ、席を立って出て行った。

 去り際もスマートだ。

「なんだよ、誰も聞けなかったのかよ」と言って、一番モテるランが自身がありそうにポロシャツの襟を立てながら「次は俺が行く」と彼女の後を追ってレストランを出て行った。

 末っ子の僕は興味を抑えきれずに、

 「僕見てくるね」と言ってユーリを追うランの後をつけた。


 彼女は一度部屋に寄ってから、携帯を持って海岸に向かった。

 ランがちょっと離れてその後を付いて歩いている。

 彼女は意外と歩くのが早くて砂浜は大変だ。

 ランも苦戦している。

 しばらく歩いて人がいない所までくると、彼女はスカートのまま砂浜に座って電話を始めた。

 そこへランが後ろから近づいて、携帯を取り上げた。

「ね、これ切って俺と話そうよ?」という彼の声が聞こえた。

 きっとカッコをつけているのだろうが、しまらない誘い文句だ。案の定、

「話しません、返して下さい」と言ってユーリが携帯を取り戻そうとするが、身長差があって取り返すことが出来ない。

「ちょっと話したら返すから」と言われてしぶしぶ彼女は砂浜に座った。

 ランはちゃっかり隣に座って携帯を切り、何か話し始めた。

 彼女は腕に嵌めた時計をチラチラ見ながら早く話を終わらせたいアピールをしていたが、図々しいランには通じなかった。

 とうとう彼女が待ちきれずに、

「もういいですよね、携帯返して下さい」と言ったら、ランが彼女の肩をつかんで砂浜に押し倒した。

「なんだかつれないな。もしかして気を引いてるの?」なんて言っているのが聞こえる。彼女の表情は見えない。

「それなら成功だ。すごく可愛い」と言って、キスしようとする。

 ちょっとこれはヤバいんじゃ、と僕が思った瞬間、彼女はランをひっくり返して腕固めをきめ、携帯を取り上げた。それもワンピースで。

「イタたた、放して」と足をバタバタさせながら言うランに、

「今度私にこういうことするともっと酷い目に合わせます」と言い捨てて砂浜を歩いて行ってしまった。なんなんだ?彼女は僕の興味をそそった。今まで会ったどんな女子とも違う。


 僕はランに駆け寄るべきかユーリの後を追うか迷ったけど、ランが可哀想だから見ないふりをして彼女を追いかける事にした。

 男には見られたくない場面もあるのだ。

 僕は走ってユーリに追いつくと、彼女は電話の最中だった。

「うん、大丈夫。ちょっとからかわれただけ。浮気?バカ、電話切るよ。うん、明日楽しみ。待ってるから」

 彼女は僕たちと話している時よりずっと生き生きとしていた。

 彼氏だろうか?

 しばらく話して「じゃ」と言って携帯を切ると、ワンピースでごろりと砂浜に寝ころんだ。夜空を見ているのだろうか。何か歌を歌っている。

 ハングルでも英語でもない。僕は耳がいいのだ。

 聴きたくて思わず近づいたら、音を立ててしまった。

「誰?」と彼女は起き上がって振り向くと、「なんだ、君か」と言った。

「僕の事覚えてるの?」

「うん、一番末っ子ちゃんだよね。ルイ君だっけ?」

「そうだよ。よく覚えてくれてたね。僕らに全然興味なさそうだったのに」

「ふふ、良く見てるね。だってあなた綺麗だから」

「綺麗?かっこいいとはよく言われるけど、綺麗は初めて。ありがと。さっきの何ていう歌?教えて」

「日本の歌。『恋は水色』って言うの。海を見ると歌いたくなっちゃうんだ。ね、さっきの見てたんでしょ。怖くないの?」

 僕はちょっと考えてから、

「うん、強いんだなって思ったけど、怖くないよ。だってランさんのあれはないかな、イケメンだからいい気になってる。これで当分は静かになるよ」と笑って言った。

「そっか」と彼女は言いながら僕の方をじっと見た。

 何を見ているんだろう?

 彼女はまた砂浜に寝転んだ。

「ね、隣に僕も寝転んでもいいかな」

 彼女は指でオッケーを作ってヒラヒラさせた。

 寝転ぶと星がよく見える。

「流れ星、探してるんだ」と彼女が言う。

「願い事?」と僕が聞くと、

「会いたい人がいる」と彼女は答えた。

「さっきの電話の彼氏?」

「違う」

 その違うが、どっちの違うかわからないけど聞けなくて僕は黙った。

 

 月しか明かりがない砂浜で夜空を見ていると、この世界に二人ぼっちみたいだ。

 彼女となら二人ぼっちもいいな、と思ってる自分がいてぎょっとした。

 小さなころからモテていた僕は、今まで誰にも恋した事がない。

 ドギマギしてきた僕は上半身を起こして隣の彼女を見た。

 彼女は腕に付けた時計をおでこに当てながら声を出さずに泣いていた。

 驚いた。

 大人の女性が泣くのを見たのは初めてだったから。

 僕が見ていたら、彼女は涙もふかずに「何?」と聞いた。

 なんで泣いてるのか聞きたかったけど、聞けなかった。

 多分会いたい人の事を思い出しているのだ。

「何でもない」と小さな声で言うのが精いっぱいだった。

 僕に出来る事を考えて、彼女のスゥオッチをはめた手を持って両手で優しく包んだ。ユーリの手は冷たくて細くて人形のようだ。

「僕の元気をあげる」と言ったら、彼女は上半身を起こして僕の胸に頭を付けてしばらくじっとしていた。そして、

「私に元気をくれるんだ。ありがとう」と言って僕の手にキスしてから、

「行くね」と言って立ち上がってホテルの方に歩いて行った。

 僕はユーリを追いかけようかと思ったけど、足が石のように動かなくなってしまったのでじっと後ろ姿を見ていた。

 

 しばらくして僕が赤い顔でホテルに帰ってきたのをみてメンバーがはやし立てた。

「もしかしてユーリを落としたのか?まさかの末っ子が勝者か?」

「全然ダメだったよー」と浮かれるみんなに報告した。


 いつもうるさいランさんだけ静かだったのが笑えた。

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