第32話 心は強かに

「さて、どうしよう」


 一人になった部屋でぽつりと呟く。女の人は「心変わりしたらいつでも言ってね」と出て行ってしまった。

 ついでに魔法レベルの結界まで張られてしまったので私の魔術では壊せそうにない。椅子でぶん殴ってみたけどそれでも無理だった。

 取り敢えず落ち着こう、と置いていかれた紅茶に何も混ぜられていないことを確認してから一口飲む。


(あ、おいし)


 少し冷めてしまっているけれでも美味しい。コレ多分いい茶葉だ。

 そっと水場の戸棚を開けると茶葉の缶がいくつかと、お菓子の入った袋もいくつか。よし、食料確保。この部屋にあるものは自由に使っていいって言ってたからちょっとくらいパクったっていいでしょう。私が許可する。


「やだコレ知ってる、高いやつ」


 ついでに茶葉も失敬。兄ちゃんへの手土産にしよう。

 チェックは入ったものの返してもらえた鞄に押し込む。私はけっこうがめついのだ。兄ちゃんには渋い顔をされそうだけど。

 一通り部屋を調べて、もう一度椅子で結界を殴ってからベッドに腰掛ける。窓の外はいつの間にかすっかり陽が落ちてしまっている。近くのランプに魔力を流し込むと、ぼうっと淡く光った。


 その時、カタリと音がしたので見てみるとドアの下の隙間からトレイに載せられた食事が差し出されていた。

 それを受け取ってまた何も入っていないのを見てから食べる。味はそこそこ。兄ちゃんの料理の方がうんと美味しい。あ、なんか実家のご飯が恋しくなってきた。パンじゃなくて米が食べたい。米イズマイソウルフード。

 いくら念じてみてもパンが米になることはなく、諦めてもそもそと咀嚼する。いつまで続くかも分からないこの生活のお供はこのご飯か……。それはちょっとこたえるぞ……。

 そう思いながら食べきって、ドアの外に出しておく。少しして、それが回収された気配があった。


 コレはアレか。外部との接触を極力絶つことによって心を弱らせて頷かせるアレか。くそぅ、負けるもんか!

 幸い、窓には結界がかけられていない。ただし外は大海原。普通に考えて逃げられるはずはないと思われたのだろう。しかし私はやる、やってやるぞ。出来れば避けたい道だけど必要とあらば高飛び込みだってなんだって大盤振る舞いでやってやる。私はやるときゃやる女だ!


 それから結界をまた調べてみたがやっぱり強い。一人では無理だと判断して、いいタイミングが来るのを待つことにする。大丈夫、待つのは慣れてる。


「取り敢えず今日は寝ようかな……」


 この部屋にはシャワーもついているしクローゼットの中にはサイズは大きいが服もあった。多分あの女の人が使う予定だったのだろう。ありがたく使わせてもらうことにする。



 シャワーから出て、クローゼットから拝借した服に袖を通す。着ていた服はまた鞄に突っ込んだ。空間魔術覚えてて本当によかった……!

 その後魔術で一気に髪を乾かしてベッドに飛び込むと柔らかい布団が私を出迎えてくれた。最高。ご飯はともかく、この居住環境ならいくらでも引き込もれる気がしてきた。


「ふかふか……」


 うつらうつらと眠気がやってきて、それに身を委ねようとしたその時。

 大きな爆発音が私を叩き起こした。


「ふあっ!?」


 慌ててベッドから降りて、窓に駆け寄る。よく見えないけど海面にチラチラと赤が映っていて、明るい。次は扉の方へ行くと外から怒鳴り声や地鳴りのような音が聞こえる。てかこれ地鳴りじゃなくて爆発の振動……? ココ海の上だし。

 そしてそれは、どんどん近づいてきている!

 バンッ、バンッと扉を開けるような音が続いて、それはやがてこの部屋までたどり着く。


バァン!


 扉が揺れた。だが結界のおかげで開かない。

 とにかく、今この前にいる人はこれを開けたいらしい。何度も揺れる。


(なら好都合!)


 私は全力で叫んだ。


「魔法レベルの結界がかかってます!」


 それが聞こえたらしく外で魔力が動く気配がした。考えている間はない。もしこの相手が私を脅かすような人だったらそんときゃそん時。殴って逃げればいい。

 魔力が爆ぜるタイミングを見計らって部屋の魔力を操作して、結界を維持する魔力をかき乱す。


(ここに衝撃が加えられたら結界の維持は不可能なはず……!)


 私の目論見は見事当たり、結界が一気に弾け飛んだのを感じた。

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