第30話 誰
女の人に手を引かれて船の中を歩き、甲板まで向かう。途中であった海賊に彼女は
「倉庫の片付け、お願いね」
と声をかけてその横を通り過ぎる。それを受けてはい、と返した彼の表情は緊張していて、この女の人がますます分からなくなる。
綺麗な身なりをしているから海賊ではないのだろうけど、それなら一体何者なんだろう。年だって兄ちゃんより少し上のようにも見えるし、もっと年を重ねた落ち着きも見える。
さっきの爆発だって一応手加減はしつつも全部ふっとばすつもりでやったのに。あれで無傷とか中々の手練だ。
「あら、そんなに見られると恥ずかしいわ」
その言葉にはっとして目を逸らす。そんな私の様子が面白いのかな彼女はくすくすと笑う。
どんな顔をしたらいいのか分からずに俯いた。
そうしている内に甲板に出て、潮風が頬を撫でた。
顔を上げると目の前に見えたのは海上に造られた無機質な建物。全面的に灰色だ。船はそこから延びた桟橋に停留している。
女の人は甲板を通り過ぎて船から降りると、建物に圧倒されて固まっていた私に微笑んだ。
「ほら、こっちよ」
言われて慌てて船を降りる。
そのまま彼女について行き、沢山の階段を上り降りして長い通路を通り過ぎた。
やがて少し疲れてきた頃にある扉の前で止まる。ここが目的地だろうか。見上げた私に笑いかけると女の人は鍵穴に鍵を差し込んで押し開いた。背中を押す手に従って中に入る。
部屋の中はここまでの建物内の雑な内装とは違い、しっかりと整えられていた。ここだけ別の場所のように思える。壁紙まで貼られていて、明らかに特別な部屋だ。宮殿かなにかの一室みたい。
「そこ、座ってて?」
それに頷いて近くのふかふかとした椅子に座る。女の人は部屋の隅の水場で何かカチャカチャと作業をしている。
「お茶とお菓子は……口にしてくれなさそうね」
ちらりと振り返って私をみやった彼女はそう言う。しかしそれでも向かい合った椅子に腰をおろして間のローテーブルに置かれたトレイには二人分のティーセットが載せられていた。
「あなたは……」
言いかけると唇に色のついた爪を持った指先が当てられる。にこり、と女の人が微笑む。
「“お姉さん”って呼んで頂戴?」
「……あなた」
「お姉さん」
「あな」
「お姉さん」
「あ」
「お姉さん」
「……オネエサン」
「ふふ、イイコ♡」
するりと頬を撫でて手が離れていく。押し切られてしまったのは癪だけども話が進まないので仕方なく、だ。
そうして口を開いた。
「お姉さんは、何者なんですか」
率直に聞く。すると彼女はそうねぇ、とカップに口をつけた。その動作の一つ一つが優雅だ。
「海賊、ではないわ」
「……それだけ?」
そう言うと「多くは話せないの」と返される。なんだか悔しい。私は何も知らないのに。そんな私の思っていることがわかったのか彼女は「そんなカオしないで」と優しげに言う。
「もし、アナタが私のオネガイを聞いてくれたら、全部教えてあげるわ」
これは取り引きよ。
紅い唇が弧を描いた。
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