第23話 誰だって美少女にはちょろい
海の王国マリテの朝は早い。
日がまだ顔を合わせる出しきらぬうちから人々は漁に出掛け、連絡船が出航の準備をする。
そんな船のうちの一隻、冒険者協会が所有する、冒険者達がクエストへ向かうためのそれの前で、スズメは船の管理人と話をしていた。
「と、言う訳でこいつらも乗せて行っていいだろ?」
「と言う訳でと言われましても……」
年若い管理人は眉を八の字にしてスズメの後ろにいる二人を見やった。
二人のうちの片方、一級医療魔術師のランはクエストの危険度を考えたらいた方が心強いのは分かる。
しかし、もう片方。
「ランさんならともかく、女の子の方は……」
スズメ曰く、金髪を背中まで垂らした少女は北の集落の村娘で、物売りの帰りだと言う。
しかし故郷からここまで来た時は運良く大勢が乗り合わせる比較的安全な航路の連絡船に乗ることが出来たが、帰りは最近海賊の影響で危険だと言われる航路のものしかなく、一人で帰るのが不安らしい。
たしかにこのうら若い少女を昨今のこのアーヴェン海域で一人にするのはいささか可哀想だ。
だがスズメがこれから行くのはそんなもの比べものにならないほど危険だと思われる場所である訳で。
「行く道中に村があるんだよ。だから、な?」
この通り! と彼女が手を合わせる。それにもう一度少女をまじまじと見た。
少女は片手に布で中が見えないようにしているバスケットを持ち、もう片方の手は首の詰まったワンピースの上から羽織っているショールを胸のところで合わせて握りしめている。不安そうに潤んだ瞳はいかにもか弱く、その顔立ちは幼気で愛らしい。
こんな娘を一人にしたら海賊のいいカモだ、と若い正義心に備えられた良識が囁く。
はぁ、とため息をついて管理人は決心した。
「……ランさんはともかく、彼女に関しては上には黙っておきますので、ちゃんと送り届けてあげてくださいね」
「ありがとう!」
よかったな、とスズメは少女に言い、彼女は嬉しそうに頭を下げた。
管理人は船に繋がれたロープを解いていく。
この船は冒険者が自分で運転するタイプの小さなものなので、三人を見送れば彼の仕事はそれで終わりだ。
ランが差し伸べた手を取って船に乗り込んだ少女は、行儀よく脚を揃えてちょこんと座席に腰を下ろした。きちんとバスケットは膝の上だ。そんな仕草の一つ一つまでもが可愛らしい。
「では、いってらっしゃい」
管理人は纏めたロープを投げ入れて、出航して行く船に手を振る。すると少女がこちらを向いて、微笑んでもう一度頭を下げた。
「…………!」
男心というのは可愛い娘に微笑まれただけで舞い上がる、実に単純なものである。
港から少し離れ、管理人の姿が米粒のようになった頃。少女ははぁぁ、と息を吐き、くしゃりと髪を握るようにした。
「づがれだ……」
そして発された見事な低音ボイス、ハスキーとかそういうのでは言い訳できないものである。ぐでりと行儀が良かった脚を投げ出した少女__いや、青年、アカリにスズメが笑いかける。
「な、うまくいくって言ったろ?」
「我ながら完璧な美少女過ぎてびっくりしたわ」
言いながら彼はバスケットの布を捲る。するとそこにはざくろがおり、抱き上げた腕にぴゃあぴゃあと甘えた。
「ざくろぉ。お母さん疲れたぁ」
紅の身体に頬ずりするその姿はまさに美少女で、彼を彼女へとメタモルフォーゼさせた張本人のランは口角を上げる。さながら己が創り上げた自信作を見る芸術家のようだ。
彼の胸ポケットから顔を覗かせるルリも何故か満足げである。別にルリが何をしたという訳ではないが。
「アカリ君、これ使えるよ。僕の技術と君の猫被りがあれば可能性が広がりまくりだ」
「猫被りじゃなくて演技と言え、演技と」
「次は胸も入れてみよう」
「聞けよ」
桜色のグロスが塗られた唇を歪めてアカリは言う。
その遣り取りに笑いながら、スズメは船のスピードを上げたのだった。
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