第21話 夢の中で

「………………」


 ふと目が覚める。

 まず視界に飛び込んできたのは蒼い空。どうやら俺は寝転んでいるらしい。けど何故こんなところで。

 そよそよと頬に当たる風がくすぐったく、ちらちらと緑色の草花が見える。

 俺が今いるのはマリテのはずで、しかし海の上にあるマリテではこんな草原はお目にかかれない。


 ぼうっとする頭でそんなことを考えていると遠くの方から誰かの声がした。

 聞き覚えのあるその声に身体を起こそうとするが、なかなかどうしてかピクリとも動かない。だが不思議と焦るような気持ちもなく、動かないのならばそれでいいと動こうとするのを諦めた。

 声はどんどん近付いてくる。草を踏みしめる足音までもが聞こえる距離になって、急に眺めていた空が翳った。


「私が呼んでいるのに寝こけているなんて、随分なご身分だね?」


 近付いてきた人物が俺を覗き込んでいるのだ。逆光になって顔はよく見えず、空を切り取ったかのような蒼い瞳だけが輝いている。

 けど、俺はこの人を知っている。その名を呼ぼうとした時、勝手に俺の口が動いた。


「空を、見てたんです」


 出た声は俺の声だが、その言葉は俺のものではない。ここで初めてこの身体の支配権が俺ではないことに気付いた。だが何故か違和感はない。

 覗き込んでいる彼女は「空?」と首を傾げる。


「この空は、今戦争をしている国々にも続いているのだと考えていました」


 ぐい、と身体が起こされて、長座の体勢で隣に立つ少女を見上げた。

 彼女は淡い桜色の着物を着ており、手には何かの包が提げられている。俺の記憶ではいつもサイズの合っていない大きなコートを身に纏っていたはずで、このような女性らしい姿は見たことがない。

 また口が動く。


「団子、ですか」


 なるほどその包の中身は団子らしい。伸ばしている太腿の上にそれがポンと置かれ、笑った気配がした。


「好きでしょ、みたらし」


 それにふぅ、と息を吐き、包を持って立ち上がる。そのままそれを開けて団子の串を口に運んだ。

 甘い、気がする。


「まったく。お行儀わるいなぁ」


 そんなふうに育てた覚えはないけど、と言いながら彼女は歩き出す。それを追いかけるように歩を進める。

 歩きながら彼女はぽつりと言った。


「最近、ウラノスが参戦したんだって」


 団子を飲み込んでから答える。実際に答えているのは俺ではないが。


「そうですね」


 彼女はさらに続けた。


「戦況は一変して、帝国は劣勢なんだって」

「ええ」

「食料も人も、何もかも足りてないんだって」

「そう聞きますね」

「……大陸の、この国と近い所に兵を集めてるんだって」

「はい」


 ふと立ち止まった。その細い肩が小さく震えている。


「……来ない、よね」


 その痛ましい様子に、口を開いた。


「たとえ来たとて、俺がなんとかします。できます」


 ざあ、と風が吹く。結っている髪が靡いた。どうやらこの身体は長髪らしい。髪色は俺と同じ、暗い紺だ。


「ふふ、頼もしいこと」


 先程までの弱々しさは何処へやら、彼女__師匠は振り返り、黒髪を揺らして笑った。

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