第19話 男の末路

「アカリ、やめろ!」


 強い力で腕を掴まれ、はっと我に返ると俺の握った雪華が今にも男の首を刎ねようとしているところだった。刀身が触れて、細く血が垂れている。

 男は怯えきった目で俺を見上げ、女性は目を見開いてわなわなと震えている。エリンちゃんはざくろを抱いたまま顔を青くして座り込み、俺を見つめる。


 視線をそのまま動かして俺の腕を掴むスズメさんを見ると彼女は静かに、そして言い聞かせるように言った。


「人殺しは、駄目だ。たとえこいつが外道だとしても」

「だっ、て」


 戦慄く唇で言葉を発すると温かい掌に両頬を包み込むように頭を掴まれ、逸していた目線が強制的にその蒼い双眸へと向けられる。


「まだ遠くへは行っていないはずだ。今からすぐ協会へ連絡する。そうしたら必ず何かしら協力は得られる。そうなりゃこっちのモンだ。いいな、お前がわざわざ手を汚すことはねぇ。……分かったか」


 低い声にただただ頷く。するとぐいと抱き寄せられてぽんぽんと幼子をあやすように頭を撫でられた。

 緊張していた身体から力が抜け、重い音を立てて雪華が手から滑り落ちる。

 完璧に体重を預けた俺を難なく受け止めながら彼女はランに言った。


「ラン、治療は終わったか」


 それに魔法陣が消滅する音がして彼の声が聞こえる。


「たった今、ね。後はゆっくり寝ていれば回復するはずさ」


 あと、と彼が言うとかすかな物音と男の「あっおい」という声がして、また言葉が続けられた。


「コレ、薬じゃないですよ。渡された袋の中身もろくに確認せずに持ち帰るだなんて、連中からしたらいいカモにしかなりませんから。次は気をつけてくださいね」


 まあ、次はないでしょうけど。


 絶対零度のランの声に男が呻いた。

 その後彼がこちらへ歩いてくる気配がして、足元に転がっていた雪華が拾われる。


「スズメさん、後はお願い」


 それが腰の鞘に戻されると肩に手が置かれ、スズメさんからランへと俺は受け渡された。正直、歩き方も分からないくらいに力が入らない。「エリンちゃんも、おいで」という優しい彼の声にエリンちゃんが若干ふらつきながら立ち上がり寄ってくる。ざくろの黄金の瞳が俺を心配そうに見上げた。

 そのまま彼に連れられて部屋を出たが、この後のことは覚えていない。



 アカリたちが去ったのを確認したスズメは「さて」と男を見やった。当の男は睨みつけるようなその目にひ、と引き攣った声を上げる。

 知ってるかどうかは知らねぇが、と彼女は言う。


「人身売買は国際法上、最重大犯罪の一つだ」


 一歩歩み寄ると男は面白いくらいに身体をビクつかせた。

 そのまま二歩、三歩と近付いた彼女はガシリとその胸倉を掴む。


「覚悟はできてんだろうなぁ?」


 男はあっさりと意識を手放した。

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