第18話 治療の場ではお静かに
治療はすでに大詰めとなっている。
集落の他の住民登録たちよりも重症化し、死の一歩手前まで来てしまっていた少年の治療はなかなかにハードらしく、魔法陣に魔力を注ぎ続けているランのこめかみから汗が一筋流れ落ちた。彼の魔力量を以てしてもこうとは余程病は進行している。
水を汲みに出たメイは未だ戻らず、暗いので迷っているのかもしれないということでエリンちゃんとざくろが探しに行った。ざくろは小さくとも竜だし、火も吹けるのでボディーガードだ。
「ジャック……」
治療を受ける息子を母親が心配そうに見守る。俺は彼の汗をエリンちゃんの代わりに拭ってやったりしているが、少年の呼吸は最初よりもうんと楽そうだし、熱も明らかに下がってきているのを確信していた。
もうすぐ、治療が完了する。
しかし、そんな緊張感に満ちた雰囲気は、突如として破られた。
バンッと荒々しく扉を開ける音がして、ドタドタと誰かが近付いてくる気配がする。そして少年の部屋の戸が開かれ____
「ジャック! 薬を手に入れたぞ!」
あの男が入ってきた。その顔は喜びに満ちていたがベッドのそばの俺たちを見た瞬間眦を吊り上げる。
「お前ら! 誰にことわって勝手に俺の息子を治療してやがる! このヤブ共め!」
「う、わっ」
そしてまず容赦なく俺に蹴りを入れてきた。しゃがんでいた俺はそれをまともにくらう。素人の蹴りなので痛みはあまりないが転がされるには十分な威力だ。
「あなた、やめて……っきゃ!」
「お前か! こいつらをこの家に入れたのは! 何故俺の言う事を聞かない
!」
止めようとした母親までも殴りつける。よろめいて転びかけた彼女をとっさに支えて男に言う。
これは酷い。
「アンタ、自分の奥さんだからって女殴ることないだろ!?」
「うるせぇ黙ってろ! ……ッ、お前も何治療続けてんだあぁ!? やめろっつってんだろ!」
男は怒りのままに治療をしているランに近付く。そして耳元でまた怒鳴るが彼は涼しい顔をして返した。
ランの肝はきっと巨岩の形をしているのだろう。
「あまり大きな声を出さないでください。治療の妨げになります」
「なんだと!?」
調子に乗りやがって、とランの襟首を掴んで無理矢理引き剥がそうとする。あっと思って止めに入ろうとするが一瞬後にそれが杞憂であったことを知った。
バキャッ
「へぶっ!?」
男が鼻を押さえて蹲る。
見事なまでの裏拳を喰らわせたランはそれに見向きもせず魔法陣を維持させながら言った。
なんというか……えげつない。容赦なく人に拳を入れられるなんてなかなかだ。
「医療魔術は高度なものほどそれを中断した際の危険度が高いんです。魔力の暴発で息子さんを死なせたくなければ邪魔しないでください」
「っの野郎……!」
鼻血をボタボタと垂らしながら男は歯噛みする。
するとその時、家に誰かが入ってきた気配がして、戸が開かれた。
「アカリさんっ、給水所までの道の途中でこれとバケツが転がってて……っ」
『キャウ!』
「お前ら、水門が開かれてて、その上外海に海賊船が見えたらしいんだが、メイはいるか!?」
慌ただしくスズメさんと共にエリンちゃんとざくろが入ってくる。
エリンちゃんの手には見覚えのある髪飾りが握られていた。そしてスズメさんが言った“海賊”という言葉に最悪の事態を思い浮かべる。
いや、きっと大丈夫だ。きっとメイはどこかで迷っているだけなんだ。きっと。
そう信じて平然を保とうとしたがそれはエリンちゃんを見た男が目を見開いて上げた声に壊された。
「な、何故お前がいる!? お前はついさっき海賊どもに売り払ったはず……!」
海賊、人身売買。
辿り着いた答えは非常に残酷なものであった。
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