第16話 まだちょっと恨みは残ってる

 借りた客間の床に倒れ込むようにして眠りについてから、気がつくと窓から差し込む日の光はすっかり高くなっていた。

 身体の節々が痛い。ブランケットは下に敷くべきだったか。

 スズメさんは別室だったな、と思い返しながら隣を見るとランがまだ死んだように眠っている。

 普段の穏やかな表情とは違って何かを警戒するような険しい寝顔の、寄った眉の皺をぐりぐりと伸ばすと不機嫌そうに低く唸ったので手を話した。

 その手をぺちりと蒼いものが叩く。


『キャウ』

「起きてたのか。ごめんって」


 いつの間に目を覚ましていたのかルリが主人への無体を咎めるように鳴く。

 それに謝りつつ身じろぎをした時にずれ落ちてしまったブランケットをかけなおしてやって立ち上がった。眠る前に余力を振り絞って立て掛けておいた雪華を腰に差しながら忠実な竜に言う。


「じゃあ腹も減ったし、なんか食えるもんもらってくるな」

『キュイ』


 早く行ってこい、という言葉が聞こえた気がした。



 居間に出ると、メイとエリンちゃんが長老と話しながらなにやら地図に書き込みをしていた。


「あ、兄ちゃんおはよう」

「よく休めたであろうか」


 俺の姿を認めてすぐに話しかけてきたメイと長老に挨拶とよく休めた趣旨を返す。エリンちゃんは小さく頭を下げる。なんだか少し恐がられているみたいだ。

 ……まあ仕方ない。ろくに言葉を交わしていないし、彼女からすると俺はあまり話したことの無い武器持ったお兄さんだ。うん、恐い。


「ランはまだ寝てますけど……。ところで、何を書いているんですか?」


 三人の手元の地図を見やって聞くとメイが「リストアップしてるの」と言った。よくみると家ごとに色が塗られ、人名と年齢、性別が書かれている。


「治療の進行度などをこのようにして表した方が医師殿も分かりやすいと思ってな」

「……なるほど、これは便利ですね。この印は____給水所か」


 俺の言葉に長老は頷く。

 きっと力になりたいという少女たちの願いをくんでこのようなことを一緒にしてくれているのだろう。そして二人が手伝いをするとなると水汲みなどの雑用がメインになるのも見越して地図に書き込んでいるのだ。

 上手いなぁ。

 そう思いながら俺はこの集落に来る前から気になっていたことを聞く。


「ところで、この集落は海賊などの被害は大丈夫ですか? 最近活発化してるって聞いたんですけど」


 決してもし困ってたとしてその海賊が物流を邪魔している連中だったらどさくさに紛れて潰してやろうとか考えている訳ではない。決して。うん。

 そんな俺の心中を知ってか知らずか長老はその心配はごもっとも、と言う。だがすぐに「ご安心を」と微笑まれた。


「ここいらは潮の流れが急故、港まで入ってこれるのは貴殿らが乗ってきた連絡船程の大きさの船でな。漁のために小舟でも使える水路があるにはあるがそこは水門を開いておかねば使えん。最近は病気のせいで水門は閉め切ってあるので海賊は入れまい」

「……分かりました」


 よかった。

 ……決して妹の前で流血沙汰にならなかったのがよかった、とか思っている訳ではない。決して。うん。メイが心配だったんだし。うん。

 良い兄であるな、と長老に目を細められた俺は得意な愛想笑いを浮かべて恐れ入ります、と返した。

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