第10話 夢が現実になった瞬間の高揚はヤバい
「なるほど、協会からの“頼み事”ですか」
ゴクンと咀嚼していた魚を飲み込んで疑問が晴れたように言うワーナーさん。彼が酒場に入って来てからすぐに注文した料理は冷める間もなくそのほとんどが消えていた。大きな円形のテーブルにあるのはほとんどが空き皿だ。
「でなきゃ海賊が活発化してるってのにこんなところまで来ませんからねェ」
空き皿を重ねて給仕に渡しながら得てしたように頷く。
そんな彼にランが首を傾げた。同じようにルリも傾げる。
「じゃあワーナー君はどうしてここまで来てるんだい? 見た感じ仕事じゃなさそうだけど」
その言葉にああ、と薄い唇が動いた。
少し目が伏せられるが、やはりというか顔がいい。竜の巣の一件からたまに街で会う(おそらくバイトに出ているベネディクトの護衛)ことはあってもあまりまじまじと顔を見ることは無かった。
よく見ると肌は白いしパーツも一つ一つが鋭く、綺麗だ。かつて本で読んだ人魚のように、あの王子とは違う、人を寄せ付けない美しさである。
この賑やかな酒場の中でそれほど声を張っていないにも関わらず彼の声は心地よく耳に届いた。
「里帰りですよォ。何日か休みをもらって」
里帰り、ということは。
「……ワーナーさん、ここらへん出身なんですか?」
そう聞くと彼はここからもっと北に行ったところの、と答える。
それにおお、と反応した声が上がった。スズメさんだ。
「もっと北ってことは、人魚族の集落がぽつぽつある辺りか?」
「……人魚族?」
人魚って本の中の存在じゃないのか?
そう思って聞いてみる。するとスズメさんではなくワーナーさんに返された。
「その顔は空想上の存在だと思ってましたねェ? ……いますよォ。数はもうすっかり少なくなっちゃいましたけど」
「いるんだ!?」
思わず声を上げると彼はくつくつと笑う。
「よかったですねェ。夢が一つ、現実になりましたよォ」
「ふおお……」
いるんだ、本当に。
テンションが上がった俺は次々と彼にまくしたてる。
「じゃ、じゃあ、皆凄く綺麗ってのは!?」
「本当ですよォ」
「音楽が上手なのは!?」
「それが特徴ですからねェ」
「水の魔法は!?」
「やろうと思えば出来ますよォ」
「じゃあっ、じゃあっ」
「一旦落ち着きましょう、鼻息荒いですよォ」
どうどう、と手で制されてはっと我に帰った。無意識に身を机の上に乗り出してしまっていたらしい。少し恥ずかしい。
いそいそと椅子に座り直す。俺が落ち着く為にグラスの水をちびちび飲みだしたのを見たワーナーさんはそうだ、とスズメさんに向いた。
「アンタもしかして、人魚族に興味があるんですかァ?」
スズメさんはいつの間に出したのか葉巻に火をつけて一度吹かす。
何度見ても様になっていてカッコいい……。あっ、吸わない、吸わないからその目を止めてくれ、ラン!
「アタシじゃなくてウラノスにいた時の知り合いが研究者でさ。人魚の歌を街や村を魔物から守るのに使えねぇか調べてる奴がいるんだが、肝心な人魚族にツテがねぇって嘆いてたんだよ。ほら、人魚族って警戒心強いだろ?」
「へェ……」
聞きながらワーナーさんは酒の入ったグラスの縁を指先でなぞる。
ふとランが何か言いたげに口を開きかけるがすぐに閉じてしまった。どうしたのか尋ねる前に追加の料理がドサドサと運ばれてくる。
「うぇっ……。ソレ全部食べるんですか」
「余裕ですよ」
こうして、夜は更けていく。
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