第5話 ルリは果物が好物です
アカリとメイが喧嘩をした次の日。天気は快晴。
威勢のいい客寄せの声が飛び交う市場を薬草の束を抱えて歩く青年はランだ。その頭上ではルリも同じように薬草の入った袋を咥えて飛んでいる。
「帰ったらこれを薬にしないとね」
『グル』
鷲程の大きさである第二形態のルリはランの言葉に力強く頷いて袋を咥え直す。
竜であるルリはそれだけで周りの視線を集めやすい。そしてこの世の中、竜を連れて歩いているのは大体が魔術師か医者__それもかなりの腕前の__だ。
周囲の人々はルリを見て、そしてランを見て尊敬の混ざった眼差しを向ける。
だが、それ以外の眼差しもある。
「凄いなぁ、まだあんなに若いのに」
「あら、イイ顔してんじゃない」
「ちょっとあんた、声かけて来なさいよ!」
「えー? 恥ずかしーい!」
黄色い声の発生源である若い獣人と人間の女子二人組をちらりと見たランはにこりと微笑みかける。たったそれだけの事できゃあ、とうら若き乙女たちは頬を染めるのだから彼の顔の良さは予想がつくかと思う。
しかしランはその顔をあまり良くは思っていなかった。
(やはりこの顔は目立つな……。整形魔術でもかけてやりたいけど、そんなことしたら絶対なぁ……)
考えながら歩いて、やがてあるカフェの前で立ち止まる。
「ここ……。で、お茶しよっか」
僕疲れちゃった、とルリに微笑んで手を差し出す。
『ギュ』
ルリはその手に咥えていた袋を持たせ、見る見るうちに第一形態になった。そしてランの肩に乗る。彼はそれに満足げに頷くとカランカラン、とドアベルを鳴らして店内に入った。
「そのお店のおすすめは? ……そう、ならその紅茶を一杯と、えぇっと、このタルトを一切れ。ああ、あと綺麗な水を口が広めのカップに。……うん、この子が飲みやすいようにね」
ウェイトレスに愛想のいい笑みで注文をして、ほうと息をつく。机の反対側の椅子に薬草をどさりと置いて、側の床に降ろした鞄からぶ厚い医学書と眼鏡を取り出したランはそれを机に広げた。
読書用の眼鏡をかけた彼は普段よりも知的な雰囲気を醸し出し、入店時から集めていた店内の視線をよりいっそう集める。
やがて注文したものを運んできたウェイトレスが医学書に注意しながら机に紅茶を置いた。
「こちらご注文の品と、こちらはそのドラゴンさんにおまけです」
そう言って差し出されたのは果物が小さな皿に山になっているものだ。この店のケーキやタルトは大ぶりな果物を多く使っているのがウリである。その規定の大きさに達しなかったのであろう果物たちが小皿から溢れんばかりに盛られている。
「ありがとう。よかったね、ルリ」
『キャウ!』
さっそく山に飛び込んだルリに笑うラン。ウェイトレスはランよりもルリの方が気に入ったのか微笑ましげに目尻を下げ、一礼して戻ってゆく。
「さて、と」
それを確認したランは周りに気付かれないよう、そっと指を動かして簡略化された魔法陣を書いた。最後にトントン、とそれを指先で叩くと一瞬かれの周りを薄いベールが取り囲む。
それが消えると、先程まで痛いほどだった視線は彼のことなど忘れたかのように外された。
ランはふ、と笑うと唯一彼以外でベールの中に入っていた人物、彼と背中合わせのように別の席に座っていた金融マン風の男性に語りかけた。
「首尾はどう、兄さん?」
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