第64話 雲の中の歪み
取り出された紙には何やらグラフのようなものと表が書かれていた。
「これはこの周囲の瘴気と魔力のグラフだ」
ハルイチさんが指差したそれを見ると瘴気を示す線は終始高い数値を表し、逆に魔力を示す線は終始低い数値を表している。
……どういうことだこれ?
「この魔力は瘴気が精製された瞬間に発せられる種類のものだ。あの雲が瘴気を精製しているとすればこの魔力の濃度は高いはず。しかし、そうではないとすれば」
「この瘴気は別の場所で精製されたっていうことだな」
ハルイチさんの言葉を継いだベネディクトがそう言って、腕を組んだ。その端正な顔を歪めて面倒なことになったな、と呟く。
「となるとこの瘴気がこっちに流れ込む入口があるのがあの雲の中って考えるのが自然だ。ならあの中では」
空間が歪んでる。
「空間が……」
「歪んでる……?」
「……つまり空間が歪んでいるということはあの雲の中でこの場所と別の場所が繋がっているということですよォ」
一瞬理解しきれなくてスズメさんと一緒にベネディクトの言葉を復唱するとワーナーさんが噛み砕いて教えてくれた。それでなんとか分かって事の重大さに気がつく。
「ちょ、それってどうにかなるもんなのか!?」
空間が歪んで別の場所と繋がるなんて訳が分からない。
……待てよ、別の場所と繋がって……というのはつい昨日体験したばかりじゃないか。ということはこれは……。
思案しているとハルイチさんが俺の考えを読んだかのように片眉を上げた。
「ああ。あの島でお前たちが
その言葉にじゃあ、と声を上げる。
「あの時みたいにちょっと待てば全部元通りになったり、は……」
しかし、それは難しい、と彼は険しい顔をして言い放った。
「たしかに自然に元に戻る……という手もあるだろう。しかし今この状態でその時を待つのは得策とは言えん。
他はその繋がっている穴を魔術なり何なりで閉じるといものだが、この場にそこまでの空間魔術を扱える者はおらん。異空間を作れるレベルのベネディクトでも不可能に近いだろう。もし出来たとしても魔力を全部持ってかれて暫くは動けなくなるに違いない。下手をすれば死ぬ。
また、竜玉の代替わりが成功すれば竜玉の力で歪みを力業で消すことは出来るだろうがそれがまず出来ない理由が穴からの瘴気だからな。目的と手段が逆転してしまっている」
さらに面倒なことがある、と彼がため息をつく。
その様子からして、これまでの話よりももっと大変なことなのだろうと気を引き締める。
問題ありまくりだな……。大丈夫なのかこの状況……。
「その繋がっている先も先程判明したのだが……。死の森の、毒の泉だったのだ」
「毒の泉ってたしか……」
「泉周辺の瘴気は水属性の魔力を穢しやすい」
かつて読んだ本の知識を手繰り寄せようとするとスズメさんが言ってくれた。さすがは冒険者、こういう知識に強い。ハルイチさんがああ、と頷いて口を開いた。
「これらをふまえ、事の次第はこうだと言える。
元々竜玉は弱っており、近いうちに代替わりが行われる予定だった。
しかし、その前に空間が歪んで毒の泉に繫がり、瘴気が流れ込んできてしまった。おそらくあの雲はなけなしの竜玉の抵抗で出来た瘴気による蓋のようなものだろう。
だがそれでは防ぎきれず、水の魔力の塊である竜玉は瘴気に侵され、その加護が及んでいた地域も同じようになり、巣の竜も瘴気で気を狂わされた。
……矛盾は無いな?」
彼の言葉に是と答える。ベネディクトが眉を顰めて歯噛みした。
「代替わりを敢行したいけどこうもひっきりなしに瘴気が降ってくる中に次の竜玉のあの老竜を連れて来るのもなぁ……」
たしかにそれで竜玉になった時に問題があっても困る。話が詰まったその時、ベネディクトの頭に紙の束がぽふん、と置かれた。
「手はある。殆ど運任せだがな」
見るとサマウィング大佐がベネディクトの頭に載せた分の他にも紙を抱えて立っていた。
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