第58話 竜の怒り

「なんつー強さだよ……」


 目の前で繰り広げられる戦いに舌をまく。向かっていく隊員や冒険者たちはそれなりの人数のはずだが、それだけの攻撃を受けても竜の長はものともせず暴れ続ける。

 ブレスを吐き、その上太く長い尾で地上を薙ぎ払いと未だ大人しくなる気配を見せない。その暴れっぷりに調査班は竜玉や雲について調査出来ていないようだった。


「隊長! 竜の動きが凄まじく、調査機具の設置すらできません!!」

「っ、クソ!」


 ブレスを剣の腹で流した大佐に調査隊員が叫ぶ。いやすげえな大佐。あれを強化魔術無しで剣だけで受け流すとか。

 大佐は悪態をつくと剣を構え直した。


「仕方がない、持久戦に持ち込むぞ! できるだけ竜に魔力と体力を消費させるんだ!!」


 その声にその場の全員がおうと応え、攻撃する場所を変える。これまで急所を狙っていたそれを今度は竜の水面から少しでたあたりの腹や足の付け根あたりに変えて竜の体勢を崩すようにする。

 竜は魔力で水に浮いているため、体勢を維持しようとすればする程魔力も体力も消費するからだ。


 剣や拳で戦う者は水面に魔術で展開された足場を走って竜に駆け寄り、攻撃を加える。魔術や飛び道具で戦う者は近距離攻撃を主とする彼らの援護をするように行動しながら竜の攻撃を避けまわる。

 ふと竜の方でこちらに手を振る人影が見える。よく見るとスズメさんだった。仕草で「こっちだ」と言っているのが分かる。俺は竜の動きに注意を払いながら走った。

 竜はギョロギョロと理性を失った瞳であたりを見回している。


「狙われたらおっかないな……」


 そうこぼして走っていると。


ギョロリ


「っ!」


 目が、合った。

 思わず足が止まる。

 途端、頭の中で声が聞こえた。


『ナゼダ』

「えっ?」


 これまで咆哮しか上げていなかった竜の長から聞こえたそれに間抜けな声がこぼれた。

 すると、竜はその紅い瞳で俺をはっきりと捉えて絶叫した。そこには明確過ぎる憎悪が表れていて。


『ナゼダァァァァァァァッ!!!』


 響くその叫びに竜玉の間全体が響き、振動で壁から崩れ落ちた岩がバシャァァン、バシャァァン、と飛沫を上げる。


「く、あっ」


 なんだこれ。

 真っ直ぐにぶつけられた憎悪の感情を含んだ魔力に膝をつく。明らかに竜の長こ憎悪の矛先は俺で、それを何度もナゼダ、ナゼダ、と魔力と共にぶつけてくる。

 他からそんな感情をぶつけられたことのない俺は訳も分からず脳を直接殴りつけるようなそれに打たれ続ける。


「くる、し、」


 この竜の長とは初対面だし、直接何かをしたことはない。つまる息に消えそうになる意識を必死に掴みながらじゃあなんで、とぼぅっとしだした頭で考える。

 ……もしかして港で彼の仲間を殺したのが俺だと分かっているのだろうか。それは本当に悪いことをした。ごめんなさい。

 力が入らなくなって、向きが変わった視界に自分が倒れ込んだことを知った。ぼやけるそれの端で、スズメさんがこちらに走ってくるのが見える。その上の方に、こちらを凝視する竜の瞳があった。


『ナゼ、ヤクメヲ、ハタサナイ?』


声が一瞬不思議で不思議で堪らない、というものに変わる。


(……やくめ?)


 頭の中で復唱したのと同時に、竜が再びブレスを吐いた。強大な魔力が迫ってくる。何故か立とうという気力も湧かない。ただそれがどんどん近づいてくるのを半分他人事のように眺めていた。

 それが寸前まで来たとき、何かに抱えられたような気配がして、全身に衝撃が走った。

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