第32話 上陸直前
「では、浄化しますね」
メイが置かれたバケツに手をかざす。そして小さく
「清めよ」
と呟くと、バケツの水はみるみるうちに黒から透明へと変わっていった。
すげえ、俺こういうの気合い入れてぬおおおってしないと出来ないのに。てか出来たとしてもせいぜいコップ一杯分くらいなのに。
ベネディクトがひゅう、と口笛を吹く。
「魔術式も使わない上、そんな単純化された詠唱でできるのか。これは予想以上だ。……魔法の域までいってんじゃねぇの?」
そう素直に感心されると兄の俺もなんだか誇らしい。彼の言葉にメイは首を振った。
「さすがに魔法まではあと一歩及ばず……。サポート系以外の基本魔術は呪文を全部言わなきゃならないんですけどね」
「いや、それだけできれば十分だ」
満足したように目を細めるベネディクト。
ああ、前に旅から帰って来た時に
あの時は詠唱で魔術が使えるようになったのかと驚く前に命の危機を感じた。いやほんとよく無事に済んだな俺……。流石は師匠の地獄のしごきに耐えきった俺……。
「竜の巣全体を一気に結界で囲って浄化……ってのは無理があるから、俺たちの周りだけを浄化して結界で守っていこうってことになっててな。メイ、お前はその浄化班に回ってくれないか」
一瞬俺は戸惑ったがその方がメイも安全だろうと思って口は出さないでおく。優しく言う彼に少し押し黙るメイ。やがて
「……わかりました。では、兄をお願いします」
しぶしぶというようにそう口を開いた。そのまま続ける。
「一人で突っ込んだりしようとしても首根っこ引っ掴んで止めてください。
……後遺症が残らない程度なら一、二発撃ってもらっても構いませんから」
「メイぃぃぃ!? お兄ちゃんそんな馬鹿じゃないからな!?」
聞き捨てならない言葉に素早く抗議を入れる。いや撃たれたらさすがの兄ちゃんも無事じゃ済まないんですけど!? しかしベネディクトが肩を竦めた。
「一人で海竜種に向かってった馬鹿が何か言ってやがる」
「ベネディクトまで!?」
確かに一人で行ったのは事実だが、あれは必要に駆られてであって俺は馬鹿ではない。断じて。
必死にそう弁解しているともしもーし、と声がかかった。
「どうした、レニー」
「条理準備が整いましたよォ。あァ疲れた」
「レニー引っ張りだこだったもんね」
「全く、人使いが荒いんですよォ」
上陸の準備を手伝っていたワーナーさんとレヴィさんだ。
「船周辺の浄化ができたと思ったら今度は島の結界の補強……。面白がって見に来た島のガキ共抱えてあっちこっち……。なんで子供って何かしてたら寄ってくるんですかねェ!」
「子供はお前が優しいいい奴だって分かるんだよ。お疲れ、レニー」
ベネディクトとワーナーさんが言葉を交わすのを眺めながら、その会話を聞いていたメイがそっとレヴィさんに聞く。その顔は心底不思議そうだ。
「ワーナーさんって浄化したり、結界を張ったりするのがお得意なんですか? 見た目的に武闘派かと思っていたんですけど……」
レヴィさんはう〜ん、と難しそうな顔をした。
「あー、どう言えばいいのでしょうか……。彼はそれが得意、というより出来る、という方が近いですかね。基本的には武闘派で合ってますよ、彼」
彼が言葉を濁す。
得意というより出来る、とはどういう意味なのだろうか。こういう時に駆り出されて浄化や結界を張る程の力がありながらあまり得意ではない、ということなのだろうか。いやでも実力があるならそれはもう得意だよな……?
メイと顔を見合わせて考え込んでいるとあーもうっとワーナーさんが声を上げた。
「俺は全然そんないい奴じゃありませんっ! とっとと降りて上陸しましょう聞いてらんねェ!」
「レニー照れてるな」
「照れてませんっ!」
ぎゃいぎゃいと騒ぐ彼らを診てレヴィさんがぼそりと呟く。
「レニーって小説のヒロインみがあるなぁ……?」
女装をした彼を想像して吹き出した俺は膝から崩れ落ちた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます