第30話 三人会議

 翌朝、ハチスはヴェーチェル、ハルイチと共についさっき機関班から提出された報告書を睨んでいた。


 何故ここにハルイチがいるのかというと、ずっと家に籠もっていた彼は何だかんだ言って最高の教育を受けた秀才であり、彼自身かなり頭の出来がよろしい為、ご意見番として連れて来られたのだ。その上古今東西の知識に精通している為、客観的な判断が下しやすいこともある。

 彼がこの作戦に参加しているのもこの頭脳が求められてだ。


 ハチスがううむと唸る。


「瘴気は死の森と同じもの、か……」

「死の森、といいますと大陸の奥地にあるあの森ですよね」

「ああ、大陸で一番瘴気の強い場所だな」



 足を踏み入れた者を死に至らしめる地、死の森。

 大陸の全ての瘴気が流れ着く場所と言われ、入るには強力な結界と浄化魔術を必要とする。

 古くはこの世界と死後の世界の境目であると信じられていただけあり、その内部は不気味の一言に尽きる。

 瘴気を生きる糧とする毒樹どくじゅが生い茂り、その毒樹どくじゅを食べる草食の魔獣、そしてさらにその魔獣を食料とする肉食の魔獣が潜み、一つの生態系を成している。彼らは死の森の瘴気の中でも生きていけるが、並の生き物ではそれに身体を蝕まれ、その生命を維持することが出来ない。


 そんな死の森を一言に収めようとすると“大陸で一番ヤバい場所”。この世界の陸海空全てのヤバい場所ランキングを作っても一、ニ位を争うレベルだ。



 そんな場所の瘴気が、何千キロも離れ、本来ならば竜玉の加護で清らかなコバルトブルーの海をどす黒く染めている。


 昨晩はまだ素手で触っても「あ、汚れちゃったなー、洗っとこー」というような軽いノリで済むレベルの汚染水の海域に居たが、一晩船、それも軍艦で進み続ければ近寄るだけで敏感な者は気分を悪くする程になっていた。

 現にハルイチは顔が青い。それを圧して今ここに彼は立っていた。


「海の瘴気が何らかの理由で変質してしまったのか……?」

「それなら竜玉が穢されてしまったから、ですよね?」

「いや……待て。それなら竜玉が汚染された理由の説明がつかん」


 三人で意見を出し合う。


「……竜玉がちょっとそんな気になったから……とか?」

「ふざけるな竜玉に意思などあってたまるか」

「死の森に流れるべき瘴気が中央神殿の時空の歪みの影響を受け、竜玉の元に流れ着いてしまった、というのはどうでしょう」

「ふむ……。一番現実的なのはそれだな。というか中央神殿がああなってしまっている以上、大体それのせいにしてしまえばなんとかなる気がしてきたのだが」


 やんややんや言い合って、ヴェーチェルの予想にハルイチが半端やけ糞気味に同意し、遠い目をする。ハチスははぁっ、とため息をついた。


「全く、届け先を間違えましたってレベルじゃないだろ……。どこにクレームの通信魔術でんわを掛ければいいんだ」


 最近この異変のせいで休むどころか睡眠もろくに取れていないハチスが恨みたっぷりに呟く。この数週間だけで苦手な事務仕事をどれだけやったことか。てか報告書多いんだよちくしょうめ。

 ヴェーチェルがくすくすと笑って茶化した。


「中央神殿にある巫女さんに掛けたらどうです?」


それを聞いたハチスは顔を青くして訴える。


「止めてくれあそこ姉さんの職場なんだ殺される」

「ああ、そういえばそうだったな」



 中央神殿には神殿と言うだけあって、巫女がいる。

 彼女たちは神殿に立ち入ることが許された謂わば“選ばれし者”であり、神殿を守り、祈りを捧げるのが仕事だ。その役割は神殿成立の頃からあるとされ、今も続いている。

 ハチスの姉はそこで神殿を守る役目を担っている。ちなみに彼女は先代の護衛隊隊長であり、一騎当千どころか一騎当万とまで謳われた女傑だ。やはり血は争えない。



 姉の怒りの恐ろしさを思い出してカタカタ震えるハチスを見て冗談ですよ、とヴェーチェルが笑う。


「うっそだぁ‼ 目が真剣マジだった‼」


 バンッと机に手をついて立ち上がり喚くハチスに彼女はうふふふふと笑った。

 その様子にハルイチはともかく、と話を戻す。


「そう仮定して作戦を進めていこう。……それでいいな?」

「「異議なし」」


 すっ、と真面目な顔に戻って二人は彼の言葉に頷いた。

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