第29話 夜中の会話
ガチャガチャと金具が音を立てる。
ある船室の一室で、ベネディクトは己の得物である魔銃の整備をしていた。
銃を解体して、掃除をして、組み直す。何年も前から繰り返し何度もしていることなのでそう時間もかからず一丁の魔銃が部品になり、整備され、また元通りになる。
彼は組み直した銃を眺めて満足がいく仕上がりなのを確認すると、それを左手に持つ。すると同時に彼の左側の空間が歪んだ。その歪みに銃を突っ込むと、それは難なく飲み込まれていく。銃が飲み込まれきったのを確認した彼はそのまま右手を伸ばし、今度は右側にできた歪みに手を入れ、また一丁、魔銃を取り出して再び解体していく。
彼の魔術は一度に数十丁の魔銃の引き金を引く魔術と、その魔銃を異空間から一気に取り出す空間魔術の合わせ技だ。
魔銃は使い勝手がよく攻撃力も高いが、消費魔力があまりにも多いため使用者は少ない。しかし、それでも彼はそれを使う。何故か。それはひとえに、魔銃に魅せられているからであった。
魔銃は込めた魔力を弾として撃ち出す武器である。
だが魔力を使うといっても、その銃身は科学によって発明され、作り上げられたものだ。魔術が使えなくても魔力さえあれば扱える武器、魔術と科学の融合体。それが魔銃の謳い文句でもある。
一度魔力さえ込めてしまえばあとは銃身を操作するはだけで普通の弾は勿論、属性を持つ弾、徹甲弾も散弾も思いのまま。使いようによっては新たな弾だって創りだせる。
その扱いやすさと無限の可能性が魔銃の魅力と言えた。
ベネディクトは、初めて魔銃を撃った時のことを一時たりとも忘れたことはなかった。
当時七歳であった彼はこっそり忍び込んだ王宮の武器庫で魔銃と出会った。
古ぼけたヴィンテージもののそれを手に取り、興味のままに引き金を引いた。
途端に感じた魔力を吸収される感覚。弾を撃ち出した瞬間のびりびりと痺れるような衝撃。厚い壁に開いた大穴。
それらの全ては、少年の心を魔銃に傾けさせるのに十分過ぎるものであった。
それから勝手に武器庫に入って魔銃を撃ったことでこってり絞られたベネディクトはマリテ王である父に頼み込んでその魔銃を貰い(なんせヴィンテージだから武器庫のお荷物状態だった)、射撃の練習に勤しんだ。
魔銃の驚くべき才能を見せ、十歳頃には名射手と言ってもいい程の腕前になった彼は、今度は手伝いや身分を隠したアルバイト(毎回の出勤は護衛隊との追いかけっこ後)で小遣いを稼いで魔銃を買い、さらに空間魔術を磨いた。
そして十八歳になった今では所持する魔術も五十丁を超え、一度の斉射で絶大な威力を発揮するまでに至った。
それは時によっては一つの軍艦の主砲と同程度まで強くなることもある。
今の自分なら十分な戦力となれる。
そんな自信が、彼が今回この作戦に参加している理由の一つであった。
最後の魔銃の整備を終えた彼はふぅ、と息をついてベッドにもたれかかった。普段はバンダナで抑えられている髪がぴょこぴょことはねている。しかしそれでもその横顔は時代が時代ならば神々に寵愛を受けたであろうと言っても過言ではないぐらいに美しい。いや、寵愛どころか誘拐されていたかもしれない。
するとふと扉の方に視線をやって、目を細めた。
「もう終わったから入ってきて大丈夫だぞ」
その声に応えるようにガチャリと扉が開き、レナードが入ってくる。
しかし、入ってきたのはレナードだけではなかった。
「やあ」
「ん、ランもいたのか」
よお、とベネディクトは入ってきたランに言う。ランは微笑んでベネディクトの前の床に直接腰を下ろすと「ちょっと気になることがあってね」と小首を傾げた。
「気になること? 医療器具になにか不備でもあったか? それとも今後の流れについてか? 俺が力になれることなら聞けるぞ」
「あーいや、違うなぁ」
ランはベネディクトの言葉に首を振る。ベネディクトは違うのか、とクエスチョンマークを浮かべた。そんな仕草は少し彼を実年齢よりも幼く見せる。窓の側で静かに話を立ち聞いていたレナードも閉じていた目を開いてランを見つめる。
その様子にランはクスリと笑って、トン、と人差し指でベネディクトの胸を叩いた。
「君は三番目とはいえ、王子だろう」
その顔から表情が抜け落ち、人形のような顔になる。
レナードが即座に警戒するが、ベネディクトはランはこんな
「この作戦はいくらなんでも、君が来るには危険過ぎるんじゃないのかい」
それに君は、と言うとランはベネディクトの胸に当てていた手をそのままするすると彼の首元にまで持っていき、その首にそえる。そしてもう片方の手は音も無く出したナイフを握ってらぴとりと首筋に当てた。ほぼ同時にレナードがランの首にナイフを当てる。
しかしベネディクトは気にした風もなくただ目の前のランを見据えていた。その表情は慈愛に満ちているようにも見える。
「ほら、こんなふうに。僕と君、出会ってたった数日だよ。僕が君に危害を加えるとか、考えないの。……警戒心とかは、ないの」
心底分からない、といった声音にベネディクトは口角を上げると、ランの手に自分の手を重ねる。その力でよく研がれた刃が薄く皮膚を裂き、一筋血が流れた。
レナードの手に力が籠もる。
彼はそれに構わず口を開いた。
「王族が現場にいた方が士気も上がるだろう?」
と穏やかな微笑みを向けてそのままそれと、と付け足す。
「俺には兄が二人もいる」
ランはそれを聞いて心底不可解なものを見るような目で小さく
「……そう」
と呟くとベネディクトの首から手を離した。その際にするりと首の傷を撫でる。
その後には傷の跡すらもない。
ランはナイフをしまうために俯き、そして上げた顔には数分前と同じ微笑みが乗っていた。
「突然押し掛けてごめんね。じゃあ僕、部屋に戻るよ」
立ち上がった彼はそう言うと扉のところまで歩いていく。ドアを半分開けて少し振り向き、未だ警戒しているレナードにクスリと笑うとおやすみなさい、と出て行った。
それを見届けたレナードは素早くベネディクトの元に跪き、その首を確認した。やはり傷跡などどこにもなくて、血が流れたのは見間違いであったと思わせるがベネディクトの服の襟には紅い跡が残っている。
「あいつが治してってくれたから大丈夫だって」
「貴方が大丈夫でも、俺が大丈夫じゃないんです」
ベネディクトは大袈裟だなぁ、と笑った。
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