第14話 武器は使いどころをよくわきまえるように

 ちゃぷん、と霊薬を溶かした水が波紋を立てる。

 そのそばでは、刀身が丁寧に、それでいて力強く研がれていく。


 腕まくりをしたハヤトの腕は服に覆われている時よりも頼もしく見え、彼が鍛冶屋として一級の腕前を持つことがよくわかる。

 その腕が何度も繰り返し研ぐ音だけが響き、辺りを神聖な空気が包む。まるで、神に対する儀式のように。


 ぼんやりと霊気で光っている刀身は、研がれる度にその輝きを増していくように見えた。



 どれ程時間が経っただろうか。窓から橙色の光が射し込む頃、研いだカタナを持ち上げ、その陽の光に当てたハヤトはよし、と小さく呟くと俺に向き直った。


「研ぎ終わりましたっ」


 そう言って渡された刀は彼に預けた時よりも輝いて、刀身が厚くなっている。

 え、ハヤト研いでただけだよな!? なんで研いで刀身が厚くなってるんだ!?


「霊刀というのはですねっ、他の刀とは違って、研ぐと小さくならずに全部元通りになるんですよっ」


 初めて知った。……本当に、俺は自分が使っている霊術について、何も知らないんだな。

 そう素直に話すと、彼はさらりとそのブロンズヘアーを揺らして


「とは言っても霊刀なんて初めて見たので、本での知識なんですけどねっ。失われた霊術は文献にも中々残ってませんからっ。元気出してくださいっ」


 と笑った。

 明るく言うその声に思わず笑みがこぼれた。



 ハヤトに連れられて店の奥から戻ると、ベネディクトとワーナーさんは店内に並べられた武器を熱心に見ていた。……ランは部屋の隅に置いてある椅子で居眠りをしていたが。ルリが器用にその頭に乗っかっている。

 もう、ホントルリってば可愛いなぁ!


「お、終わったか?」

「ああ。凄く美人になって返ってきた」


 ちょっと茶目っ気を入れて返すとよかったな、と声を掛けてきたベネディクトは微笑んだ。彼はハヤトにも声を掛ける。


「ハヤト、ありがとな」

「いえいえっ。むしろ霊刀を研げてこちらがお礼を言いたいくらいですっ」


 そこまで聞いて、俺ははっと慌てて財布を取り出した。

 お代は幾らだろうか。霊刀ってそんなに特殊なら料金もかさんだりする? 大丈夫かなお金足りるかな。なんならこの内臓を……。


 それを見た彼は手と首を千切れんばかりにブンブンと振って、要らないと言う。


「僕は霊刀を研ぐという貴重な経験を貰ったんです。お代なんて貰えませんよ」

「え、でも……」

「本人がこう言ってるんだからありがたくそうさせてもらうのが心遣いってもんですよォ」


 ワーナーさんの言葉にハヤトには礼を言ってそうさせてもらうことにした。

 彼は次研ぐ時もぜひうちにいらしてください、と笑った。


 つくづく思ってたけどこの子ホントいい子! 優しい! こんな弟欲しかった! メイも可愛いけど!


 それを見届けたベネディクトがハヤトに手に持ったナイフを示す。ワーナーさんも同じくだ。


「ハヤト、俺はこのナイフもらっていいか?」

「俺もお願いします」

「いいですけどっ……。こないだ売ったのはどうしたんですかっ?」


 首を傾げたハヤトにベネディクトは言いづらそうに視線を彷徨わせる。

 なんか後ろめたいことでもあるのか?


 やがてポツリと言った。


「……好奇心だったんだ」

「正直に言いなさいっ」

「ドラゴンクッキングに挑戦したら折れました」

「……前から思ってましたけどあなたたち二人ってけっこうばかですよねっ」


 無邪気に言い放つハヤトにベネディクトとワーナーさんがあからさまに傷付いた顔をする。


 ごめん、同じことされたら俺も傷付くけどこれは流石に二人共馬鹿としか言えないわ。

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