第8話 王子と従者

 マリテの首都であるアスター。その中心地は通商が盛んなマリテ最大の市場であり、世界中から多くの人、モノ、金が集まる。それに伴って商業のみならず金融業も盛んなのがこの街の特徴だ。


 アスターは海に造られた海上都市である。

 まず東西の港を結ぶ大きな水路がその中心を走り、そこから街中に無数の水路が通る。それに数多の橋がかかる光景はこの街の観光資産でもある。

 東の港は主に商業関連の船が泊まり、酒場と街の役場もこの近くだ。俺たちは商船に乗せてもらって来たため、街にはこちらの港から入った。

 しかし、この港は現在海竜種の襲撃からの復興作業中である。今東の港の役割を代わりに受け持っているのは、西の港だ。こちらは普段は金融関連の船や客船用。

 港が東西にあるのはこういった場合にも備えてあるのだろう。



 東西の港の役割に合わせて街も東西に分けることができる。

 屋台や店が建ち並ぶ市場で、人とモノが溢れかえるのが東側。主に居住区であり、都市らしい石や、レンガ造りの建物を見ることができるとが西側。こちらは人も減り、東側に比べると静かな印象を受ける。

 人混みに慣れていない俺たち(というか俺)に対するベネディクトの気遣いにより、今日観光するのは西側だ。

 ベネディクトありがとう。本当にお前いい奴だよ……。



「ごめん、待たせた!」


 一緒に街を回る約束をしたランがもうすでに待ち合わせ場所にいるのを見て、慌てて駆け寄る。彼はそんな俺たちに気付き


「僕が早く来すぎただけだよ。気にしないで」


 と笑った。

 よかった……。

 ほっと息をついたが、そんな気分もあぁーっ、というメイの声に掻き消された。


「すごい! 肩のところにいるの、竜!?」


 見ると、ランの肩に先程はいなかった小さな、手のひらに乗りそうなサイズの竜がでんと鎮座している。

 え、なにこの竜。

 主に後ろの二本の脚で身体を支えており、前脚は翼となっている。

 これが大きかったら普通にめっちゃ恐いがちんまりとしたこのサイズはなんだかとても愛らしい。ぬいぐるみみたいだ。


「うわっ、気付かなかった。さっきはいなかったよな?」

「うん、部屋にいたからね」


 彼が手を寄せると、その竜はひょい、とその手のひらに乗り


「紹介するよ。僕の相棒、ルリだ」


 その言葉に竜____ルリは挨拶をする様に翼をはばたかせ、ぴぃと鳴いてみせた。

 くりくりと大きな眼を瞬かせる。


 ズッキュゥゥゥン


「か、かわいい……!」


 思わず声を漏らした俺の肩越しにルリを見たベネディクトが冷静に呟いた。


「なるほど、変化種か」

「変化種?」


 ベネディクトに聞くと、そう、変化種。と説明してくれる。


「変化種っていうのは竜の一種で、大体三段階の姿を持つ。まず一つ目は今のルリのような第一形態。次にもう少し大きくなった第二形態。最後に一番大きな姿、つまり成体の姿である最終形態だな。自在に姿を変えることができるようになるのは成体からだ。珍しい種族で、手に入れることは難しかったはずだぞ」

「へぇー」

「ほぉー」


 流石は王子、知識がある。

 彼の話にランがうんうん、と頷いたかと思うと


「この子は旅に出た頃に出会ってね。親御さんに頼まれて一緒に旅してるんだ」


 とまたしれっと爆弾を投下した。

 お前今日一日でどんだけ爆弾投下したら気が済むんだ。趣味通り越して生命維持に必要なんですかコラ。

 ベネディクトも目を丸くしている。メイが思わずどういう事だと詰め寄ると、ランは何でもないことのように話し始めた。


 曰く、旅に出て少しした頃、道に迷って辿り着いた先で怪我をした親竜を助けたら仲良くなり、元の道に戻してもらうばかりか、世界を見せてやってほしいと子供まで託されたらしいのだ。


「竜と仲良くなって一緒に旅するとか……」

「一体どこの冒険物語だよ……」


 まるで本の中のようなランとルリの出会いに若干慄いていると、レヴィさんがあぁ、と得てしたように頷く。


「竜は高等な生物で、魔力も上等。それを常に周りに漂わせているのでその周辺は魔力が安定して、医療魔術のような高度な魔術を行いやすくなると言います。お医者様からすると最高の相棒ですね」


 その言葉にランがよくご存知で、と笑った。

 へぇ、初めて知った。覚えとこう。

 そうしていると、急にパンパンという音が響く。


「はいはい、竜に興味があるのは分かりますけど、どうせこれから暫く一緒にいるんだ。今は早く店とか行かないと混みますよォ」


 これまで沈黙を貫いてきたワーナーさんの声に俺たちは慌てて街の西側に続く道に足を向けた。



 街の西側は東側とは打って変わって、歴史の長いマリテの首都、古都アスターの面を見る事ができた。

 並ぶ本屋や雑貨屋、魔術や霊術を使うのに用いる道具などを売る道具屋などの店のどれもがそれぞれ歴史を持っていて、見ていてとても楽しかった。


 メイに雑貨屋で見つけた瓶に入った飴玉を買ってやると気に入ったようで、機嫌が鰻上りだ。

 ランも道具屋で干し薬草をまとめ買いしていた。ついでに珍しい薬草も見つけたらしく、薬に詳しいらしい店主と意気投合していた。正直何の話をしているのかは医療に疎い俺には分からなかったけれど、レヴィさんがかなり関心を示していたのでベネディクト曰く、なかなかに高レベルな事を話しているのだろうとのこと。

 彼も医療はかじっただけらしいので、わからないと言い切っていた。潔い。

 けど何の話をしているのかすら分からなかった俺に比べて彼は薬草の話というところまで分かったのだからやはりそれなりの教育を受けているのだろう。


 そうやっているうちに昼時になり、ワーナーさんがメイに言ったカフェに行こうと石畳の道を歩く。

 前の方でキャッキャと楽しげにしているメイとランを眺めながらレヴィさんと話していた。


「海上都市なのに、石畳とか見るとここは陸なんじゃないかって錯覚しそうですね」

「ええ。初めてこの街に来る人はみんな陸と勘違いするんですよ」


 笑って続けるレヴィさん。


「ここアスターは、マリテの始まりの地でもあるんです。約千年前、この周辺の群島に住んでいた人々の人口が増え、住む所を求めて造ったのがこの街の元となりました。やがて群島の更に周辺の人々も合わせて一致団結し、王を立て、一つの国が誕生しました。それが成長して今のマリテになったんです」


 千年かぁ、と声が出る。


「となると、千年も波に耐えてるなんて、この街を造った技術は、かなり高いんですね」

「まあ補修は何度もしていますが、大きな補修は何十年かに一度するくらいですからね。偉大なる先人たちに感謝、です」


 そうですね、と二人で笑っていると、ふと気になる事が目に入る。


「そういえばワーナーさんってずっとベネディクトにくっついていますよね」


 見えない紐で繋がっているみたいです、と言うとレヴィさんは苦笑した。


「彼は王子の事が自分以上に大事で、大好きですから…………。王子もかなり懐いていらっしゃるので、王子のお兄様やお姉様方が彼に妬けるほどなんですよ」

「あはは、王子様やお姫様に嫉妬されるなんて、ワーナーさんってイケメンな上に罪作りな人ですね」

「全くです」


 笑いながら眺めたワーナーさんは、やっぱりベネディクトに寄り添っていた。

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