婚約破棄 XVI.ジークフリード視点

 私の名前はジークフリード

 私の主であるセシルお嬢様にはジークと呼ばれている。

 私にはあまり公にできない過去がある。

 私は自分の素性にも過去にも拘らない。

 あの時、私に手を差し伸べてくれたお嬢様を私は生涯守り抜こうと決めた。


 そのお嬢様が私の目の前で血を流して倒れた。

 心臓が凍り付いたみたいに動けなかった。


 「き、きゃあぁっ」


 無傷のグロリア様が叫んだ。

 目障りで耳障り

 思わず「ちょっと、黙っていてください」と言ってしまったが問題はないだろう。

 私の主はセシル様でこの女ではないのだから。


 暴漢を全て倒した後は茫然と動けないでいるグロリア様を無理やり起こして馬車の中に突っ込んだ。

 急いでセシルお嬢様を医者に見せないといけないのに、全く動いてはくれないグロリア様に苛立ちが増す。

 いや、本当にイラついていたのは自分自身だ。

 大切な人を、守ると誓ったのに目の前で傷つけられた。守れなかった。

 そんなに自分に腹が立つ。


 「申し訳ありません」

 お嬢様を連れて邸へ戻り、直ぐに医者を呼んで治療をしてもらっている間に私は旦那様の所へ行き詳細を説明した。

 「セシルを守れなかったのは君のせいではないよ。

 寧ろ複数の暴漢に対してよく守ってくれた。ありがとう」

 「いいえ、守れませんでした。私のせいでお嬢様の背中に傷が」

 「馬車から出たグロリアとセシルにも責任はある。そう思い詰めるな」

 「私の処分は如何様にでも」

 私がそう言うと旦那様は困ったような笑みを浮かべた。


 「君は私の執事ではない。処分を下す必要があるのならセシルがそうするだろう」

 「しかし」

 「どのみち、君の側だけの意見では処分は決められないよ。

 セシルにも聞かないと。

 本当はグロリアにも聞きたいのだけど無理だろうな。

 あれは今回の暴漢がよほど怖かったのか部屋に引きこもってしまってね。

 それよりもまず最初も片付けなければいけない問題は暴漢の件だ。

 また襲ってくる可能性もあるからな。

 私はその調査に当たるが君は念の為、セシルについていてくれ」

 「畏まりました」


 部屋に戻るとベッドに寝かされたセシル様の姿があった。

 顔色はさっきよりも幾分かマシにはなっていたがルビー色の瞳は固く閉じられていた。


 「お嬢様」


 握った手はとても熱く、頬は熱で赤く染まっていた。

 苦しそうに喘ぐその姿は生きている証拠

 お嬢様はまだ生きている。大丈夫だと自分に言い聞かせ、お嬢様の世話をした。

 さすがに着替えなどはメイドに任せたが汗を拭ったり、時折水を飲ませたりはした。


 お嬢様のお友達であるリドル様、スーザン様、アグネス様がお見舞いにいらしたがお嬢様が目を覚ます様子はない。

 早く目を開けて欲しい。

 そのルビー色の瞳で自分を見て欲しい。

 いつものように話しかけて欲しい。

 他には何も要らないから。何も望まないから。

 だからどうか、セシル様を助けてください。


 今まで生きて来てこれほど神に祈ったことはないだろう。


 「お嬢様、愛しています。

 その気持ちに応えて欲しいとは言いません。

 あなたが誰のものになっても構いません。

 あなたが幸せならそれで良いのです。

 だからどうか、早く目を覚ましてください」


 あなたが生きて笑っていることが私の望みです。

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