番外編 episode0 ~本編へと続く前日譚~

episode0 前編 side陽介

 八月某日。夏休みの真っ最中。

 俺は暇を持て余していた。

 友人である明人に一緒に遊ぼうと誘ったのだが、返事が来なかった為である。


 断られたならまだ別の予定を入れられるが、返事がないというのは予定を入れにくいので困ったものだ。

 このことについては次明人に会った時に文句を言いまくるとして、さてどうしたものか。


 俺は床に寝転びながら考えようしたが、つけっぱなしになったテレビからはニュースを読み上げるアナウンサーの声が聞こえており、自然と注意がそちらに向いてしまう。

 アナウンサーは逃亡犯が隣の鳴音市で発見されたが未だ逃亡中であることや、ハイホを乗っ取られる事件が多発していることなどを伝えていた。


 テレビの音声が邪魔に感じた俺はテレビを消して、窓の外に目を向ける。

 外は雲ひとつない晴天で、太陽がさんさんと輝いていた。


 夏真っ盛りということで猛暑日が続いているが、ここまでいい天気だと外に出たくなる。

 とりあえずを適当に出歩いて、暇そうな友達を見つけるか。


 自分で言うのもなんだが、俺は友達が多い。老若男女問わず誰とでも友達となれる自信がある。

 だから適当に出歩いていれば一人くらいは友達と出会うだろうという魂胆である。


 電話などで遊ぶ約束をすることも考えたが、約束をしていると明人からの連絡があった時に別れることがしにくくなるので約束はしない。

 明人一人のためにだいぶ割を食っている気がするが、それでも付き合いが一番長い親友だからな。仕方がない。


「あ~、あちぃ……」


 外に出ると、夏特有の熱気が襲ってくる。

 一応直射日光を避けるために帽子をかぶってはいるが、あまり意味はなさそうである。

 この場に留まっていても仕方がないので、俺は適当に歩き出す。


 耳をつんざくようなセミの大合唱に顔をしかめながら、歩き続ける。

 どれくらい歩き続けただろうか、周りの風景が普段見慣れないものへと変わる。

 ここは高級住宅街だろうか、大きな家が左右に立ち並んでいた。

 結構な距離を歩いたつもりだが、ここまで出会った友達はゼロだ。


「早く行こうぜ!」

「待ってよ!」


 走って来る子供二人とすれ違い、昔は俺たちもああやって走り回ったなと懐かしむ。

 今でも外に出て遊ぶことは良くあるが、鬼ごっこやかくれんぼなど、子供の頃よくやった遊びは今ではもうしない。


 その代わりカラオケに行ったりショッピングをしたり、ボーリングなどのアミューズメント施設に行ったり、子供の頃にはできなかった遊びをよくするようになった。


 俺たちも成長したもんだな、なんてしみじみ思っていると、白銀女学院の生徒であろう制服姿の女子三人が談笑しながら歩いてくるのが見えた。


 この辺りは高級住宅街のようであるし、お嬢様学校と呼ばれる白銀女学院の生徒がいても不思議ではない。

 ちなみに白銀女学院は有名な女学院だが、女学院生に俺の友達はいない。


「あんまり接点がないもんな……」


 俺にも女性の友人はいるが、女学院生と接点を持っている人はいない。

 出来ることなら繋がりくらいは持っておきたいと思うが、ないものねだりをしても仕方がない。


 すぐさま思考を別のものへと切り替える。

 俺はあたりを見渡し、本来の目的である友達を探すことに集中する。


 しかし、このあたりに俺の友達はいなさそうだった。

 さすがにこの暑さでなんの用事もないのに外を出歩いている人は中々いないか。

 肩を落とし、もう帰ろうかと諦めかけたその時。


 視線の先にある家から、一人の少女が出てきた。

 その少女は長い白髪で丈の長いワンピースを来ていた。肌は雪のように白く、日傘で日光から肌を守っている。


 残念ながら顔は見えない。傘によって隠されているためだ。

 少女は俺に気づくことなく歩いていった。

 その後ろ姿を見つめながら首を傾げる。視線の先を歩く少女に見覚えがあったのだ。


「あれって……」


 俺はどこで出会ったのかを思い出すため、記憶の中を探る。

 すると、すぐに思い当たった。

 十二年前、明人と出会った病院にいた少女だ。


 少女は明人とは仲良くやっていたようだが、俺とあまり話さなかった記憶がある。

 名前はなんだっけかな?

 思い出そうと試みたが、残念ながら思い出すことができなかった。


 明人に聞いたらわかるだろうか?

 そんな考えが浮かんだが、そもそも連絡が取れていない状況なのを思い出し、連絡するのを諦めた。


 そうなってくると、少女の名前が気になりだす。

 あまり話すことはなかったとはいえ、明人と仲の良かった人物である。

 俺の暇つぶしも兼ねて名前を特定してみたくなった。


 少女が出てきた家の表札を確認すると、少女の名字が白鳥であることがわかった。

 しかし、表札に名前は書いておらず、名字だけしか確認することができなかった。


 十二年前、明人は白鳥のことをいーちゃんと呼んでいたことから、名前由来のあだ名である可能性が高い。

 出来ることなら名前も知りたいところだが……。


「……後をつけてみるか」


 あとから思えばこのときの俺はよほど暇だったのか、もはやストーカーの思考だと気づかぬまま、白鳥の後を追うことにした。


 俺はヘタに隠れながら進むことはせず、堂々と白鳥の後ろを歩く。

 白鳥の足取りはゆっくりで、追うことに苦労はなかった。

 しかし……。


「いったい、どこへ向かっているんだ……?」


 制服でないので学校ってことはないだろう。

 だが、友達との待ち合わせやショッピングなど、いくつかの選択肢に分かれるため、特定するのは難しい。


 もし途中で尾行に気づかれるようなことがあれば目的地から逆算して別の道を通ることも考えていたのだが、気づかれれば諦めるしかなさそうだ。

 そう考えて、より一層緊張感が高まった。


 容赦なく照り付ける陽の光とも相まって、頬を次々と汗が流れ落ちていく。

 が、途中、自販機で飲み物を買った以外は特にすることもなく、順調に白鳥をつけていくことができた。


 緊張感を持って気づかれないよう最新の注意を払った結果とはいえ、肩透かしを食らった感じは否めない。

 辺りは白鳥の家がある高級住宅街からうって変わり、倉庫街となっていた。


 恐らく倉庫の殆どが運送業だろう。倉庫の中にトラックが何台も止まっているのが見えた。

 しかし白鳥は倉庫のどこにも入る気配はない。

 それどころか人気のない方へ進んでいる。


「おいおい……なんか、やばいことになってんじゃないだろうな……」


 ごくりとつばを飲み込み、白鳥との距離を開ける。

 人気がない上にほとんど直進で進んでいるため、見失うことはないが見つかりやすいと考えた結果だ。


 進行方向から見て右は海に面しており、左は有刺鉄線が張られた金網があり、隠れる場所がない。

 できる限り見つからないようにするのは当たり前のことだった。

 そして結論から言えばその判断は正解だった。


「おい」


 突然、肩を叩かれ、呼び止められたのだ。


「うおっ……!」


 そこまで大きな声は出さなかったが、さっきまでの距離だともしかしたら気づかれていたかもしれない。

 俺は顔を振り向かせ、肩を叩いた人物を確認する。


 俺や明人と同じくらいの、メガネをかけた青年だ。

 身長は俺と同じくらい。髪は短髪で切りそろえられ、知的でクールな印象を受ける。

 ……俺の友達の茶谷だった。


「なんだ茶谷か……何してんだこんなところで?」

「バイト帰りだ。それよりも、何してるんだはこっちのセリフなんだが」


 俺はふいと視線をそらした。

 茶谷は眼鏡の奥の眼光を鋭く光らせ、俺の後ろを見据える。

 そして何かを理解したらしく、得意げな表情で言った。


「女か……」

「待て! 確かに女だが待て」


 茶谷は馬鹿ではない。むしろ賢い部類に入るだろう。

 なので俺の考えをすべて読み取った上で冗談を言っているのかもしれないが、本気で言っていたとしたら誤解をしていそうだったので、その思考をストップさせた。


「いいかよく聞けよ? あの子はな、明人の女なんだ!」

「……それはそれで問題だらけじゃないのか?」


 茶谷はドン引きの表情を浮かべながら、数歩後ずさる。

 確かに今のは説明を省きすぎたか。

 そこは反省をしておき、俺は茶谷にこれまでの経緯を話す。


「なるほど。面白いことになっているじゃないか。俺も手伝ってやろう」


 話を聞いた茶谷は、そう言って不敵な笑みを浮かべた。

 そんな感じで茶谷と話している間にも、白鳥はどんどん先へ進んでおり、俺たちからかなり離れた場所を歩いていた。


「うおっ、やっべ!」

「急ぐぞ」


 俺と茶谷は少し慌て気味に、白鳥を追いかける。

 そこからしばらくしないうちに、目的地であろう建物が複数見えてきた。


「こんなとこにも建物があったのだな……」


 茶谷があたりを見渡しながら、そう呟いた。

 確かにそれは俺も感じていたことだ。こんなところ、今まで一度も来たことがない。

 地図アプリを取り出し、ここがどのあたりなのかを調べる。


 すると、意外にも都市部に近い部分だということが判明した。

 海に面していて市の端に位置しているようだが、直線ルートだとあの高級住宅街から徒歩三十分ほどだ。


 ついでに今日通ってきたルートを調べると、あの高級住宅街から遠回りしてきたことが伺える。

 これは単なる偶然と捉えてもいいのか、それとも尾行に気づかれていてあえて遠回りされたか。


 しかし白鳥はここまで一度も後ろを振り返っていない。それに遠回りした理由もわからない。気づかれたと判断するのはまだ早い。


「赤木、どうする? 白鳥の目的地はあの建物のようだが」


 茶谷の指差す先には、建物の中へ入っていく白鳥の姿があった。


「そうだな。とりあえず、建物の名前は確認しておくか」


 俺は誰も出てこないことを確認しながら、入り口の横に埋め込まれている表札を見ると、そこには『イクシード研究所』と書かれていた。


 研究所……明人がバイトしているという色波博士の研究所と似たようなことをやっているのだろうか。

 となると、白鳥はここの研究員、もしくはバイトとして雑用などをこなしているということになるだろう。

 ちょっと中を確認したくなってきたが、扉には鍵がかけられて中に入ることはできない。


「悔しいなぁ。名前も分かんないままだし」


 一応、ここで働いているらしいことは分かったが、それだけだ。


「ネットで検索をかけてみたが、全くと言っていいほど情報がないな。求人すらしていないし、縁故採用のみや、スカウトされたものしか働けないという感じなのかもしれない」


 茶谷の方も情報は何も手に入らなかったようで、悔しげに首を横に振っている。


「ここで張り込みでもしておけば、白鳥が出てくるところもわかるが……」

「さすがにそれはな……」


 俺達は二人揃ってため息をつく。

 張り込みは他の研究員にバレる可能性が高まる上に、白鳥はいつ出てくるかわからないので時間を無駄にしそうで怖い。

 張り込みをするのはリスクが高すぎて実行に移すことはできなさそうだ。


「赤木の知り合いにこの研究所を知ってるやつはいないのか?」

「どうだろうな。色々な伝手は持っているけど、聞いたこともないしな」

「だったら聞いてみたらどうだ? 俺の方も自分の知り合いに聞いてみても構わないぞ」

「なんかずいぶんとやる気だな……」

「久々に面白そうなことができるんだぜ? ワクワクしなくてどうする」


 茶谷はさっそくハイホを使って知り合いに連絡をとっているようだ。

 俺の方もダメ元で知り合いに聞いてみる。


 すると、意外にも知ってる人がいた。

 もちろん数は少ない、というか知ってるやつはたった一人だった。

 が、貴重な情報源であることは間違いない。


 その人にこの研究所のことを聞いてみる。

 彼曰く、イクシード研究所はここ数年で拡大を続ける新興勢力らしい。

 トップに立つのはなんとあの色波虹希博士の実の息子であるという。

 そして、才能がある者をスカウトしているのだそうだ。


 才能の種類や程度は問わないらしく、とにかく才能を持つ多くの人材を抱え込みたいようだ。


「なるほど。情報がないのはまだ集まりきっていないからということか」

「そのようだな。俺の方も研究所のことを知ってる奴が数人いた。スカウトされたことがあるらしい」


 しかし、聞き出せたことは俺が聞いたこととほぼ同じことだった。

 ただ、誰にも知られていないわけではないとわかったことは収穫か。


 時間さえかければ情報は結構集まりそうな気はする。

 まあ、暇つぶしにそこまで労力をかける気はないけれど。

 目的の情報を手に入れられなかったことは悔しいが、ある程度の収穫もあったことだし、そろそろ帰ろうか。


「しかしこのイクシード研究所ってのはふざけてやがる。俺をスカウトしないとは、研究所の人事部は何をやっているんだ」


 しかし茶谷は俺とは別の考え方をしたらしい。

 ある程度の情報が集まったことにより、自身がスカウトされていないことに怒っていた。


 その怒りが通じたのかはわからないが、茶谷のハイホに一通のメールが届いた。

 差出人の名前はイクシード研究所になっている。

 本文には自分はイクシード研究所のトップである事、研究所が有望な人材を集めている事、あなたをスカウトしたい事の三点が書かれており、文末には研究所への連絡先が記されていた。

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