第1099話、【完全新作】わたくし、『失われたアーク令嬢』争奪戦ですの⁉

「──ごめんなさい、お姉さんに恨みは無いけど、『目覚める』前に死んでもらわないと、私たちが困るのです」




 その時突然私の前に現れた、全身真っ白な少女は言った。




「……まさかあの勇者が、こんな腑抜けた小娘を憑坐に選ぶとはな」




 彼女の隣の、全身真っ黒な少女は、そう言った。




 まったく同じ年格好に、まったく同じ美貌に、まったく同じ鮮血のごとき深紅の瞳を、煌めかせながら。




「……『目覚める』? 『勇者』? あなたたち、一体何を言っているの?」


 私はやっとのことで、そう問い返した。


 それが、精一杯であったのだ。


 無理も無い。




 ──どうしてごく普通に学園内にいただけで、いきなりこんなわけのわからない状態に巻き込まれなくてはならないのよ⁉




 そうなのである。




 学級委員として、魔術実習の講師せんせいから次の授業の準備を頼まれて、一人実習室に赴いたところ、学園内ではこれまで見かけたことも無い超絶美少女が二人も待ち構えていて、しかも突然私に向かって『殺害宣言』をしてきたのだ。




「……ええと、もしかして誰かと人違いをしていない? 私はこの量子魔導クォンタムマジック学園生え抜きの、エリートお貴族様の子女なんかでは無く、一般庶民でしか無いんだけど?」


「ええ、良く存じ上げていますわ、アイカ=エロイーズさん。平民でありながらこの大陸随一の魔術師養成学園に、特待生として入学を認められた才媛にして、乙女ゲーム『わたくし、悪役令嬢ですの!』の主人公さん。──そして何よりも、類い稀なる『勇者の容れ物』適合者」


 ……くっ、もはや読者の皆様どころか、作者自身も忘れかけていた、私のプロフィールをこうも完璧に言い当てるなんて、一体何者なの⁉


「──いやだから、『勇者の容れ物』ってのは、一体何なのよ⁉ 確かに昔そんなことを言われたような気もするけど、そんなのすでに『死に設定』でしょ⁉」


「まあ、あなた自身が魔王だか悪役令嬢だかを倒すシナリオはすでに破棄されたか、少なくとも凍結されたかも知れませんが、あなたの体質そのものが『勇者の容れ物』であることは変わりなく、それ自体私どもとしては見過ごすわけには参らないのですよ」


「……体質、そのものが勇者、って?」


「そうです、『容れ物』とは、古今東西の『勇者の魂』をその身に宿すことによって、己自身も勇者になれる者のこと。別に以前宿した『勇者』のみならず、新たなる勇者をこれからも何度でも宿すことができるのです」


「は? 何ソレ、どうして私が、そんなことに?」


「『なろう系』作品に良くある設定ですけど、生まれつき『勇者の素質』があるとされている少女が、何ら特別な力を持たない平民の出身でありながら、幼い頃から『勇者ならではの特別な力』を持っているパターンを良く目にしますが、これって何かに似ているとは思いません?」


「……『何か』って、何よ?」


「文字通り、『なろう系』ならではのお得意のパターンですよ」


「──ッ。それって、まさか⁉」




「そう、本来何の変哲も無いはずだった異世界の平民の小せがれに、女神様からチートスキルを与えられた現代日本からの転生者の魂が宿ることによって、『勇者』としての人生を余儀なくされるという、お定まりの物語ですわ。──でもこれって、別に女神様の力なんかに頼ることも無く、あらかじめこの世界において『勇者に適合する肉体』を創っておいて、そこにどこか別の世界から『勇者の魂』を召喚することでも、同じことができるとは思いません?」




「あらかじめ肉体を、創っておいた、って……」




「そう、アイカさん、あなたは元々、『勇者』として──すなわち、この『わたくし、悪役令嬢ですの!』という乙女ゲーム世界における『主人公』として、『つくられた存在』だったのですよ」




 ──なっ⁉




「……私が、この世界の『主人公』として、つくられた存在ですって?」


「ええ、そうです。──となると、私たちの正体も、もはやおわかりですよね?」


「あなたたちの、正体?」




「あなたが、『勇者』として──すなわち『主人公』として、つくられた存在であるのなら、当然のごとく、それに相対する、『魔王』として──すなわち『悪役』として、つくられた存在がいても当然ってことですよ」




「──ま、まさか、あんたたちは⁉」




 その瞬間、目の前の白い少女が、微笑んだ。


 天使であるかのように、純真無垢に。


 地獄の悪鬼そのままに、凄絶に。




「そう、この妹のクララこそが、『魔王の容れ物』としてつくられた存在であり、姉である私こそが『悪役』令嬢であって、あなたが魔王の天敵である『勇者』として目覚める前に先んじて、排除しに参った次第ですの」




 そして黒い少女の手のひらから突如放たれる、漆黒の光弾。


「──くっ⁉」


「おや、見事な『魔法障壁』ですこと。発動も迅速ですし、さすがは学園きっての優等生さん。──では、これはどうでしょう?」


 そう言うやいなや、今度は白い少女の手のひらから、純白の光弾が放たれる。


「──つうっ⁉」


「ほう、これも弾きますか? いまだ『勇者』として覚醒していないと言うのに、末恐ろしいこと。これは是が非でも、ここで仕留めておくべきですわね」


 そして今度は白黒二人の少女が揃って、手のひらをこちらへと向けた。


 ……ま、まずい、同時に攻撃されたんじゃ、とても防ぎきれない。


 そのように、万事休すかと思われた、


 まさに、その刹那であった。




「──『聖者サンタ』の孫娘のくせに、魔王なんぞを引き連れて、人の『守護者ガーディアン』にちょっかい出すなんて、いい度胸じゃないの?」




 突然その場に鳴り響く、涼やかなる声音。


 振り向けば部屋の入り口には、よく見知った幼い少女が仁王立ちした。


「……アルテミスさん、どうしてここに?」


「そりゃあ、大事なパートナーの危機とあらば、見過ごすわけにはいかないでしょう?」


「ぱ、パートナー、って?」


 何だそりゃ?


 さっきは『守護者ガーディアン』とか、呼んでいたし。




 ──『パートナー』とか『守護者ガーディアン』とか『勇者』とか『主人公』とか、勝手に人の『属性』を決めないでちょうだいよ⁉




「ほう、『巫女姫』のご登場ですか、相手にとっては、不足はありませんね」


「ふん、こっちの『勇者』がまだ覚醒していないので、その隙に勝負をつけようと言う腹でしょうが、お生憎様。──残念ながら今ここにいるのは、わたくしたちだけでは無くてよ?」


「……何ですって?」







「──おや、気がついておられましたか、さすがは『巫女姫』様」







 その時唐突に聞こえてきた、声。


 それとともに忽然と現れる、二つの人影。


 声の主と思われる、金髪碧眼の美丈夫の青年と、


 彼の背後にたたずんでいる、氷のように冷たい表情をたたえた、大人びた美少女。




 その両者共が、極東島国の民族衣装である『キモノ』を、その身にまとっていた。




「……あなたたちは、一体」


「私めは従者のヨシュアと申しまして、『予言者』として、こちらの『悪役令嬢』ヨウコ=タマモ様に仕えております」


「まあ、この世界の東洋のお狐様の『守護者ガーディアン』が、異世界の西洋の神の息子と同名の『予言者』とは、豪儀なことですね」


「おや、ご存じありませんか? 我がお嬢様は狐と申しても、異界の東洋では神獣とも崇め奉られている、『九尾の狐』のお血筋であられるのですよ?」


「そんな神様レベルの主従ともあろう方々が、私たちの『潰し合い』を傍観して、『漁夫の利』を得ようとは、浅ましいこと」


「これから長きにわたって、『主人公』同士で殺し合いを演じていかねばならないので、『省エネ』を心掛けようと思ったのですが、そちらの『巫女姫』様に見抜かれてしまったようで」


「……まあ、いいでしょう。ここでこのまま事を構えても、お互いいたずらに力を削ぎ合うのみですし、今回は『顔見せ』だけで済ませて、大人しく退くことにいたしましょう」


 そう言うや、こちらは普通に部屋の扉から歩いて出て行く、白黒コンビの二人。


 ……しかもあいつら、しっかり『来客用スリッパ』を履いていたけど、不法侵入したわけじゃ無かったのか?


「ははは、あのお二方は、『聖レーン転生教団』の現教皇アグネス=チャネラー=サングリア聖下の実のご姉妹であられるから、いろいろと融通が利くのでしょう。我らのような仮想敵国の現女王とそのお目付役とは、話が違いますよ」


「ちょっ、あっちの二人が教皇様の実の姉妹で、あんたらが我が国の仮想敵国──つまりは、『神聖皇国メツボシ』の女王主従だってえ⁉」


「驚くことは無いでしょう、あなたたちだって大陸一の魔導大国ホワンロン王国の、宗教的指導者たる『巫女姫』と、その運命の相手の『勇者の資質を持った主人公』なのですからね」


「……私が、アルテミス嬢の、『運命の相手』だって?」




「この乙女ゲーム『わたくし、悪役令嬢ですの!』における『悪役令嬢』キャラに相当する、筆頭公爵令嬢であられるアルテミス=ツクヨミ=セレルーナ様と、その最大のライバルたる『主人公』キャラであられるあなたが、切っても切れない関係にあるのは、自明のことわりでしょうが?」




 ──‼




「それでは、一日でも早くの『勇者としての覚醒』を、お待ち申しておりますよ。──なぜなら、その時こそが、きたる『ロスト聖櫃アーク争奪戦』の、始まりの合図となるのですからね」




 そのようないかにも謎めく言葉だけを残して、己のあるじの少女とともに姿を消す、自称『予言者』の青年。


 後に残るは、私たち二人と、重苦しい雰囲気だけであった。


「──ちょっと、アルテミスさん、何が何だかさっぱりわからないんですけど、説明してもらえるかな⁉」


 当然のごとく私は矢も楯もたまらずに、知己の少女へと食ってかかった。


 苦悶の表情を浮かべつつ、返事を絞り出す少女の桃花の唇。




「……ええ、この件の解説については、『あの二人』にお任せしたいかと存じます」




 は?


「な、何だよ、『あの二人』って?」







「──謎のWeb上の妖精ピクシー、『ちょい悪令嬢』さんと『メリーさん太』さんでございます!」







 ……おいおい。


 と言うことはつまり、


 結局いつもの如く、【座談会】パターンかよ?




(※次回に続きます)

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