第902話、わたくし、『魔法殺し』の力が最強すぎて、異世界のやつらがまるで相手にならないんですの⁉

「──なぜだ、なぜわしの、『必殺魔法』が通用しないのだ⁉」




 広大で豪奢なる大貴族の邸宅の執務室にて鳴り響く、壮年の男性の胴間声。


 それを表面上何の感情も浮かべずに聞きながらも、俺はその時、心底うんざりしていた。




 ……いやまさか、今回の『標的ターゲット』が、この地方を治めている、御領主様御自身だったとはな。




 まあ、権力者が、絶大なる魔力や不死身の肉体を授かるなんて、良くある話か。


 とにかく『依頼主』のリクエストは、最近何かと不審な『魔法的事件』が頻発している、この領地の内情を調査することだ。


 その結果、こんな超権力者の驚愕極まる秘密を暴いてしまって、後で何らかの政治的問題に発展しようが、フリーの『魔法殺し』である俺の知ったこっちゃ無い。


 とっとと引導を渡して、仕事を終わらせることにしよう。


「──おい、いい加減あきらめたらどうなんだ? あんたが邪神様から授かった『必殺魔法』とやらは、金輪際使えないんだから」


「……何だと?」




「実は俺の固有魔法は、『あらゆる存在をあらゆる情報から遮断すること』なんだ。魔法の発動も基本的には『呪文の詠唱』を必要としているだろう? その情報の羅列こそが魔法を実際に具象化しているのであり、今俺がやったように特定の魔法に対して『情報の伝達』を遮断してしまうと、その魔法が使えなくなるんだよ」




「──なっ⁉ 魔法が情報の具象化だと⁉」




「正確に言うと少々違うんだが、わかりやすく説明してやると、何でおまえら魔法使いは、何もない空間に突然炎とかを現出できるかと言うと、例えば自分の周囲の空気の『形態情報』に対して、炎の『形態情報』を呪文にして唱えることで書き換えているんだよ。──もちろん、ただ呪文を唱えるだけではそこら辺の子供でも魔法が使い放題になってしまうから、あんたのように生まれつき膨大なる魔導力を身の内に秘めていて、なおかつただの言葉の羅列を魔法に変換できる『権限』を与えられている必要があるんだ。あんたがその『必殺魔法』とやらを使う『権限』を、より高度な魔法的存在である邪神様から与えられたようにな」




 ……まあ、本作の読者の皆様には、『集合的無意識とのアクセス権』と言ったほうが、話は通りやすいと思うけどな。


 とはいえ、『ユング心理学』なんて影も形も無い剣と魔法のファンタジーワールドの住人に、いきなり『集合的無意識』とか言っても、ちんぷんかんぷんだろう。


「……と言うことは、貴様の『魔法殺し』の力とは?」


「あんたの魔法を実行しようとする言葉や意思から、『本来の情報イミ』を殺すことによって、魔法の発動を無効化することさ」


「そうなると、わしはもう邪神様から授かった『必殺魔法』は、使えないわけなのか⁉」


「ああ、その発動に必要な『情報の伝達経路』を、完全に遮断してしまったからな」


「──くっ」


 あーらら、あんなに顔をしかめちゃって。


 やはり、せっかく邪神様から授かった必殺技を無効化されたんじゃ、失望感も大きいってわけか?




「……くっ、くく、くくく、くくくくく、ふっ、ふふ、ふふふ、ふふふふふ、はっ、はは、ははは、わはははははははははは!」




 あるぇ?


 なんか、期待していた反応じゃ無いぞ?




「邪神様から与えられた『必殺魔法』を封じただと? それがどうした、貴様まさかこのわしが、一つの魔法しか使えないとでも思ったのか? ──ふざけるな! こう見えても若い時分には貴族の嫡男でありながら『大魔導士』と崇められていたのだ、何も邪神様の力を借りなくても、貴様一人ぐらいひねり潰してくれるわ!」




 そのように高らかに言い放つや、先ほど同様に俺に向かって、いかにも高価そうな宝石類で飾り立てられた『魔法杖』を突きつける、自称『大魔導士』様。


 ──しかし、




「……あ、あれ、何も発動しないぞ?」




 俺はとうとう、これ見よがしに大きくため息をついてしまった。


「……あのさあ、むしろこっちから聞きたいんだけど、『魔法殺し』である俺が発動を阻止できるのが、どうして特定の魔法一つだけと思ったんだよ?」


「な、何だと! まさか⁉」




「もう面倒くさいんで、あんたの魔法発動に関する『情報の流れ』を完全に遮断したから、未来永劫魔法の類いは使えないと思っておけ」




「──‼」




 驚愕と絶望の表情で固まる、大貴族様。


 それを見て取った俺は、無言で踵を返した。


「ぬっ、わしにとどめを刺さないのか?」


「……俺の『魔法殺し』は、さっき説明した通り、『攻撃性』は一切無い。ただおまえら魔法使いどもから、あらゆる力を『奪う』だけだ。おまえの具体的な『始末』は、依頼主のほうでしてくれるだろうよ」


 そう告げるや、今度こそ部屋を出て行こうとしたところ、




「ほう、『攻撃手段』が無いだと? それは残念だったな。──わしのほうにはまだ、『攻撃手段』は山ほどあると言うのにな」




 ──⁉




 その予想外の言葉に咄嗟に振り返れば、その貴族は魔法杖すらも構えていなかったものの、


 その顔には先ほどとは打って変わって、余裕綽々の笑みを浮かべていた。




「魔法が使えなかったら、どうだと言うのだ? わしはこの広大なる領地の領主であり、大貴族として王国そのものにも顔が利くのだぞ? おまえ程度の虫けらなぞは、たった今でも捕縛して死刑にすることも、おまえの依頼主を探し出して報復することも、造作もなく実行できるのだ!」




 そう言うや、高らかに笑い声を鳴り響かせる、御領主様。


 それに対して俺は、少しも慌てふためかず、


 ただ一言、




「──対象の、集合的無意識とのアクセス経路を、全面的にカット」




 とだけ、つぶやいた。


 すると、その刹那、


 男の肉体そのものが、周囲の大気と同様の『形態情報』に書き換えられるとともに、


 俺自身と、俺以上の『集合的無意識とのアクセス権』を有する者以外の全人類の記憶から、『彼についてのすべての情報』が抹消されてしまい、




 この世から、彼の痕跡のすべてが、消え去ってしまったのだ。




「確かに『攻撃手段』は無いと言ったけど、『いかなる情報であろうとも遮断できる力』というものを、少々甘く見過ぎたようだな」




 そのように、いかにもかっこ良く決め台詞を口ずさむや、颯爽とその場を後にしようとした、


 まさに、その瞬間であった。




「……いけね、あいつの存在そのものをすべて消し去ったと言うことは、依頼主の記憶からも抹消されたってことであり、つまりは『今回の事件の首謀者を突き止めて、完全に無力化した』事実そのものが、『無かったこと』なってしまったわけじゃんか?」




 ──くそっ、結局今回も、ただ働きかよ⁉




 俺は己の考え無さを大いに反省しながら、自分の御主人様のことをすっかり忘れ果ててしまった邸内の使用人たちの誰からも咎められること無く、悠々と屋敷を後にしたのであった。



















メリーさん太「……おい、何なんだよ、これって一体?」




ちょい悪令嬢「詳しい説明は、次回以降に行う予定ですわ☆」

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