第889話、わたくし、『幼女教師戦記』ですの⁉(その1)

 ──九十年以上にもわたって、闘い続けてきた。




 ……しかし、私の人生も、どうやら終わりのようだ。




 常に、全力を尽くしてきた。


 だけど、「悔いの無い人生だった」とは、けして言えない。


 先の大戦争の後、焼け跡から再出発して、私たちはしゃにむに滅私奉公をし続けて、この国を世界に誇る大国に押し上げていった。


 ──けれども、最近の日本の国家としての凋落と、人間としての堕落は、どうだ。


 ネットを見れば、他人に対する批判や悪口ばかりであり、更に始末の悪いことに、それが単なる『誹謗中傷』では無く、ほとんどすべてが『事実』であるのだ。




 ──腐っている。




 今や、この国のすべてが、腐りきっている。




 ……ああ、私にあとわずかでも『余命』があれば、この国に巣くう老若男女の馬鹿どもを、全員一から『再教育』して、世界の全人民から敬われる、清らかで美しく、そして何よりも力強い、真の益荒男と大和撫子の国を打ち立てるのに。


 でも、私にはもう、残された時間は無かった。


 もはや、これまで培ってきた、どんなクズであろうと『再教育』できる、『洗脳プログラム』が、まったくの無駄になってしまう。


 くやしい。


 くやしい。


 くやしい。


 くやしい。


 くやしい。


 くやしい。




 ──もしも『来世』などといったものがあるのなら、再びそこでも『女教師』となって、今度こそ私の理想である、教育と道徳こそを何よりも尊ぶ完全主権国家、『シン・ニッポン』を建設してみせるのに!




 そのように決意をみなぎらせつつも、今まさに、命の灯火が消え去らんとした──刹那であった。




『──その願い、私が叶えてあげましょうか?』




 唐突に、脳内に鳴り響く、これまで聞いたこともない、幼い少女の声。


 ──誰? 誰なの⁉


 もはやまぶたを開けて周りを見回すどころか、口を開く力すら残っていない私は、心の中で疑問を呈するしか無かったが、何とその『謎の声』は、すぐに反応を返してきたのである。


『ああ、いきなり驚かしてごめんなさいね。私自身実体のない存在に過ぎず、今もあなたの脳に直接語りかけているので、無理に声を出さなくても、ちゃんと会話ができるから、心配しないで』


 ──脳に直接語りかけているって、もしやあなたは、死神か悪魔の類いなの?




『いいえ、私は女神、ありとあらゆる世界において「異世界転生」を司っている、人呼んで「なろうの女神」よ』




 ──なろうの女神? それに、異世界転生って……。




『そう、あなたにはこれから、現在滅亡の危機に瀕している、とある異世界において、あなたならではの「女教師テクニック」を駆使することによって、乱れきった異世界の秩序をただし、人々を救っていただきたいの』




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




「──ヒャッハー!」


「ゲヒヒヒヒ、どこまで逃げるつもりかなあ?」


「もう諦めて、積み荷と金と女を寄越しな!」


「大人しく言うことを聞けば、命だけは助けてやってもいいぜえ〜?(助けてやるとは言っていない)」




 街から街へと行商を続けている、長大なキャラバン隊の馬車の行列に群がる、バイクやバギーに乗った野盗の群。


 モヒカンやスキンヘッドばかりの厳つい風貌に、筋骨隆々とした体躯を肩パッド付きの革ジャンに包み込んだその様は、この人呼んで『世紀末異世界』の一大勢力である、『野生のチンピラ』の皆様であった。


 皆一様にゴブリン並みの知能しか持たないが、その残虐性や凶暴性は侮れず、現在においても、刀剣や混紡等の原始的な武器を持ち前の怪力によって効果的に操り、屈強なるキャラバンの護衛の傭兵たちを、すでに戦闘不能の状態にまで追い込んでいた。


「……くっ、キャラバン隊を隠れ蓑にして、帝都から落ち延びようとしたのが、むしろ裏目に出たか。──仕方ない、かくなる上は、私自ら打って出よう!」


 そのように意を決し、愛剣『しんとくまる』を手に立ち上がろうとしたところ、


「──いけません、リーン姫! あなた様の御身には、帝国再興の悲願がかかっているのですよ!」


 そう言って私にすがりつくようにして止め立てしたのは、女だてらに我が『ムサシノ帝国』の近衛騎士団長を務めていた、パッティーであった。


「しかしこのまま黙っていても、皆殺しになるか、良くて虜囚となるしかないんだぞ? ──皇女とはいえ、私も『帝国の剣』としての、厳しき修行に耐え抜いてきた身、あのような野盗風情に、後れをとってなるものか!」




「いけませんたら、いけません! 野盗に姫騎士なんて、『トンビに油揚げ』そのもので、『くっころ』ルート一直線ではありませんか⁉ 姫をもてあそんでいいのは、この私だけです! 私が姫を存分になぶりものにする前に、野卑な男どもに姫の純潔を奪われてなるものですか! ……ああ、でも、穢らわしき野盗どもに、姫がなぶられる姿を、何もできずに見せつけられるのも、それはそれでおいしいかも? ──ぐふ、ぐふふふ、汗臭い粗野な男たちから、何度も何度も蹂躙されて、あれほど誇り高かった姫が、卑しいメス豚へと堕ちていく姿も、また一興ですわあ♡」




「──ちょっ、騎士団長、あなた私のことを、そんな目で見ていたわけ⁉」


 そのように私たち主従が、馬鹿なやりとりを行っている間に、先頭の馬車が野盗たちによって横倒しにされてしまい、後続の馬車も慌てて急停止する。


「ひひひ、もはや手も足も、出ないようだなあ?」


「散々手こずらせやがって、焦らし上手だなあ、てめえらはよお!」


「お陰で、すでに『マイサン』のほうも、ビンビンだぜえ!」


「──ようし、女を引きずり下ろして、男どもは皆殺しにしろ!」


 そう言って、野盗どもがこちらへと迫り来た、まさにその時。




「──あなたたち、何をやっているのです!」




 唐突に、混乱の場に響き渡る、涼やかなる女性の声。




 その瞬間、なぜだか全員が──そう、襲撃者である野盗すらも含めて、この場の全員が、まるで『絶対的な目上の者』から叱りつけられたかのように、首をすくめ口を閉じ、すべての行動を停止してしまったのであった。




 ……そんな馬鹿な。


 今まさに私たちは、『命のやりとり』の、まっただ中だったのだぞ。


 特に野盗どもが、たかが『女の制止の声』ごときに、耳を貸すなんてことが、あるわけが無いじゃないか。




 ──しかし実際、すべての荒くれ者たちが、まるで何かに怯えるようにして、身動き一つできなくなってしまっていたのだ。




 けして、威圧的どころか、感情的ですら、無かった。


 それでもその『声』には、抗いがたき『何か』が、秘められていたのだ。


 ──そのように、この場の全員が固唾を呑んで見守っている中で現れたのは、意外なこともにも、小柄なごく普通の女性であった。




「……は、『女教師』?」




 思わず、私の唇から漏れいずる、驚嘆のつぶやき声。


 年の頃は二十歳はたちがらみか、ショートボブの黒髪に縁取られた端整な小顔は、キリリと精悍に引き締まりながらも、眼光のみがこちらを射るように鋭く煌めいており、華奢なれど均整のとれた肢体を包み込む萌黄色のタイトミニのスーツは、帝城の大図書館の旧世紀のライブラリィ映像で垣間見た、『女教師』と呼ばれていた、一般庶民を対象とした教育者を彷彿とさせた。


「……な、何だ、この女?」


「突然現れて、邪魔しやがって!」


「何なら、おまえから、可愛がってやろうかあ?」


 ようやく我に返った野盗のリーダーと思われる最も巨躯の男が、いまだ腰が引けつつも、「これ以上女なんぞに舐められて堪るか!」とでも言わんばかりに、安っぽい『男のプライド』を振りかざして、謎の女性のほうへと迫り来たところ、


「──そのようにおっしゃっていますけど、?」




「……グレ太、おまえって子は、何てことをッ」




「──なっ⁉」


 いつの間にか謎の女性の傍らに現れていた、新たなる三十絡みの地味で痩せぎすの女性が、意外にも環境問題にうるさそうな名前をした野盗のお頭さんへと、いかにも哀しげな目を向けてきた。




「……どうして、そんな馬鹿な? し、しかし、どう見ても──」




 もはやあらぬことを口走りながら、滝のような脂汗をしたたらせて、その場に立ちつくすばかりの、他称『グレ太』さん。







 ……もちろん今や完全に部外者になってしまった、私たち『帝国逃亡勢』にとっても、現在の状況ときたら、まったくもってちんぷんかんぷんであったのだ。







(※『その2』に続きます)

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