第859話【試作】わたくし、魔法令嬢ですの⁉【ワイヤード編】(その4)

「……何よ、これって」


 その時私は、手の内のスマホの画面を見つめながら、あえぐようにそうつぶやいた。




 ──そう、Web小説『わたくし、悪役令嬢ですの!』の第857話である、『わたくし、魔法令嬢ですの⁉【ワイヤード編】(その2)』が表示された、液晶ディスプレイを。




「……ここに書かれている異世界の魔法少女の『ワルキューレ49』って、間違いなく美里のことだよね」


 里見美里。


 私の、かつての親友。


 ──ただし、すでに、自殺済み。


 原因は、御多分に漏れず、クラスぐるみの凄絶なる『いじめ』。




 そして、ほんの数日前にスマホを介して、自分が現在『魔法少女』として生まれ変わったと伝えてきた、いわゆる『転生者ヨミガエリ』。




「……自殺することによって、むしろ『魔法少女』になって永遠の命を得たって言っていたけど、まさか『異世界転生』なんかもしていたわけ?」


 そういや、『異世界から怪物がやって来て、様々な事件を起こしている』とかも、言っていたっけ。


 この、ネット上で評判になっていたWeb小説を見るにつけ、現代日本から異世界転生してきたという魔法少女の『ワルキューレ49』の、作中におけるすべての言動が、美里自身のものとしか思えなかったのだ。


 ──以前、彼女自身が言っていたように。


 どうやら彼女は、『二度目の人生』を、心から精一杯楽しんでいるようであった。


 剣と魔法のファンタジー異世界において、魔法少女となって、ジェット機なんかに乗って、怪物そのものの『海底の魔女ヘクセンナハト』なんかと、ド派手な異能バトルを繰り広げたりして。




 そこには、みんなからいじめられてついには自殺してしまった、『可哀想な女の子』なんて、どこにもいなかった。




 ……もちろん本来なら、こんなことなぞ本気で考えなかっただろう。


 少々似ているからって、Web小説の登場人物を、実在した個人と同一視したりはしなかったであろう。


 しかし何とこれは、私だけの話のだ。


 先程も述べたが、このWeb小説は現在ネット上で、人々の話題をさらっていた。




 ──作中に登場する、現代日本から転生してきた『魔法少女』たちが、自分の知っている『自殺した女の子』に、そっくりそのままだと。




 それも一人二人では無く、下手すると最近自殺した女の子の数とほぼ同数の作中の『転生魔法少女ワルキューレ』たちが、その類似性を取り沙汰されていたのだ。


 もはや『偶然』で済まされる段階レベルでは、無いであろう。


 しかも、自殺事件とはまったく関係無いと思われていた、連続殺傷事件についても、


 私のような自殺事件関係者には、不思議な関連性を見いだすことができたのだ。


 その一つが、加害者の一人が、美里の幼なじみの男の子であったこと。


 もう一つが、被害者の一人が、美里をいじめていたクラスメイトのグループのリーダー格であったこと。


 ただし、幼なじみの加害行為による被害者が、『美里のいじめ事件』のリーダー格だったわけでは無い。


 それぞれに、別々の殺傷事件における、加害者と被害者であったのだ。


 だからこそ、二つの連続的な不可解なる事件に、関連性を見いだせなかったのだが、


 ネット上のすべての『噂』を総合して、


 あくまでも


 連続殺傷事件のほうの被害者は、そのほとんどが、自殺事件におけるいじめの加害者ばかりで、


 自殺した女の子たちの知り合いたちこそが、連続殺傷事件の加害者であったのだ。




「……どういうことなの、これって?」




 確かに全体的に見れば、あたかもいじめの被害者が、、己の加害者に対して、復讐を果たしているみたいではないか。




 これってもしかして、自殺した女の子たちの知り合いが、みんなで集まって、いわゆる『交換殺人』的な手法によって、いじめの加害者に対して復讐を代行しているわけ?


 ──いや、それにしては、『計画的』過ぎる。


 連続殺傷事件のほうは、いくら『計画的』であっても、おかしくは無かろう。


 しかし、いじめ等が原因の『自殺事件』のほうは、当然のごとく、お互いに関連性は皆無で、時と場所とを選ばずに、突発的に起こり得るのだ。


 そのすべてを把握して、殺傷事件の実行犯の全員が、いじめの加害者を一人も漏らさずに対象とした、犯行計画を立てたりできるであろうか?




 ──いや、過去の事象をすべて把握できるどころか、未来の出来事すらもすべて予見し得る、神や悪魔でも無い限り、絶対に不可能に違いない。




 ……だったら、『魔法少女』であれば、どうであろうか?




 ──そう、すでに死んでいるはずの私のかつての親友が、突然スマホを介して接触してきたように。




「……そうなんでしょ? すべてはあなたたち、『魔法少女』の仕業なんでしょ? これって一体、どうやって実行しているの⁉」




 そのように私が突然、スマホに向かってまくし立てれば、打てば響くように返ってくる、『旧友』の涼やかなる声音。




『そうよ、言ったでしょ? 私たちは自殺することによって「魔法少女」となり、できないことなんて何も無くなったのだと』




 ──ッ。


「できないことが、何も無くなった、って……」




『むしろ死んで肉体を捨てて「情報体」となることで、インターネットを介して世界中の誰とでもアクセスできるようになり、姿形も(己の望むままに)「魔法少女」となって、こうしてあなたに語りかけて同じ魔法少女になるように勧誘したり、多数の人間に対して複雑な犯行計画を教唆したり、自分自身も情報体として文字通り「不老不死」となり、異世界転生まで実現したりと、文字通り「できないことは何も無い」の♫』




「いやいや、たとえ人間が自殺することによって『情報体』となって、インターネットを行き来できるようになったとしても、『魔法少女』になったり、死者のくせにこうして私にアクセスしてきたり、複雑な犯罪を計画したり、あまつさえ異世界転生したりなんて、どうして実現できるわけなのよ⁉」




『──それはもちろん、インターネットこそが、事実上「集合的無意識」そのものだからよ』




 ………………………は?


「インターネットが、集合的無意識、って……」




『現在においてはネットにこそ、世界中のありとあらゆる情報が集まってきているのだから、かつて高名なる心理学者カール=グスタフ=ユング氏が提唱した「集合的無意識」を、最も理想的かつ現実的に実現したものと言えて、こうして「情報体」となった私が、いつでもどこでも誰とでもアクセスできるようになるのを始め、必要不可欠な情報をすべて収集することで、複雑極まる犯罪計画を立案したり、「魔法少女」として自分自身や他の物質を集合的無意識と強制的にアクセスさせるという「魔法」を使うことによって、自分や他の物質の形態情報を書き換えて、どのような姿にでも変化メタモルフォーゼさせたり、Web小説の登場人物となることで、多世界解釈量子論で言うところの「別の可能性の世界」である異世界において、本当に異世界転生を実行したりと、ありとあらゆる超常現象を実現できるようになるわけなのよ』




 ──‼


 た、確かに、


 こうして『死者』が、いきなりスマホにアクセスしてきたり、


 ベッドやパソコンデスクがスライム状になったかと思えば、魔法少女の姿となって、自分をたらし込んできたり、


 加害者と被害者とが錯綜した、複雑極まる犯罪を実行してみせたり、


 Web小説という形で、現代物理学の根幹をなす量子論に則り、事実上異世界転生をやってのけたりすれば、




 彼女が『魔法少女』であることも、その『情報体ならではの万能性』も、そして何よりも、『インターネットに秘められた神様同然の全知性』をも、認めざるを得ないであろう。




『──それで、どうする? あなたも「魔法少女」になることを、決意できたかしら』


「……でも、魔法少女になるためには、自殺しなければならないのでしょ?」




『あらあら、まだわからないの? 死とはけして「終焉」なんかでは無く、むしろ「解放」なのであって、物理的な束縛からおさらばして、できないことなんか何も無くなるのよ? ──それこそ、今まで自分を苦しめていた相手に対して、「魔法少女」の力を最大限に活用して、いかようにでも復讐を果たすことだってできるようになるのですからね』




 そう言い終えるや、スマホの画面が一変して、『契約受諾』と『拒否』との、二つのボタンが表示された。


 ……私は……私は……私は……私は、




 これ以上、この世界において本当に、生き続ける価値があるのだろうか?




 そして、永遠とも思われた、ほんの数分間、


 あれこれと悩み抜いた、私は、




 ──ついに意を決し、片方のボタンをタップしたのである。

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