第856話【試作】わたくし、魔法令嬢ですの⁉【ワイヤード編】(その1)

『──ねえ、あなたも、「魔法少女」になってみない?』




 何の操作もしていないのに、突然切り替わったスマホの画面から、『あの子』がささやきかけてきた。


 私の一番仲良し、幼なじみの少女が。




 間違いなく、先月学園の屋上から、飛び降り自殺してしまった彼女が。




「あの、魔法少女、って、一体……」


『ほら、超有名な某「魔法少女アニメ」では、大切なのは「魂」のみで、「肉体」なんてただの「外部ハードウェア」みたいなものに過ぎないと、言っていたけど、まったくその通りだったの』


「──まさかあなた、そのために自殺したとでも言うの⁉」


『あなたにもわかるわ、「魔法少女」になってみれば』


『物理的肉体なんて、必要じゃ無いことを』


現実世界リアルワールドと、虚構ネットの世界とに、「境界線」なんて、無いことを』


現実リアルとネットに、境界が無いって……」


『現実世界のあらゆる存在も、すべて「情報」によって構成されているの。現在の姿は、あくまでも「仮初め」のものに過ぎず、「情報」さえ書き換えれば、どんな姿にもなれるわ』


「……どんな姿にも、ですって?」


『例えば、「異世界の怪物」、とかね』


「怪物? しかも異世界、って……」




『実はこの世界には、異世界から侵入してきた怪物たちが、人間に偽装して、様々な犯罪を犯しているのであって、実はそれを退治するのが、私たち「魔法少女」の役目なの』




 ──ッ。


「……まさか、それって」




『ええ、現在巷を騒がせている、連続無差別殺傷事件は、すべて異世界からの怪物どもの仕業なのであり、私たち魔法少女は、そいつらを退治することこそを、唯一無二の使命としているの』




 ──そうなのである。


 最近になって、中高生の少女たちの自殺の増加と、時を同じくするようにして、


 なぜだか、不可解なる暴行傷害殺人事件が、多発していたのだ。


 しかも、それぞれ多数存在する被害者や加害者の間には、何の関わり合いも無く、被害者はもちろん、警察に検挙された加害者のほうも、どうして犯行に及んだのか、自分自身でもはっきりしないと言った有り様であった。




 ──事件当時の、記憶の欠落。




 それが、被害者か加害者かを問わず、事件に関係した者たちの、唯一とも言える『共通項』であった。




 ただし、『加害者』に限った話ではあるものの、犯行直後に前後不覚の異常なる興奮状態で、まったく同じ文言を口にしたと言う。




「「「──すべては、『魔法少女の導き』のままに」」」




 そう。


 一見関わりの無いように思われた、少女たちの自殺と暴行事件であったが。


 殺傷された被害者の全員が、何と自殺した少女たちと深く関係していたのだ。


 ──主に、自殺の原因となった、『いじめ』等の嫌がらせ行為の、『加害者』として。




 あたかも、現在頻発している殺傷事件のすべてが、少女たちの、『復讐』であるかのように。




 もちろん、死んでしまった少女たちが、生きている者たちに復讐することなぞ、不可能であろう。


 けれども、


 ネットを介して、私にいきなりアクセスしてきた、幼なじみのように、




 本当に『魔法少女』として生まれ変わっているとしたら、どうであろうか?




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




 ──一体、いつからであったろう。




 この世界のすべてに、『現実味』が感じられなくなったのは。




 もはやすっかり『日常』となっていたはずの、満員電車に揺られながらの登下校も、半日以上も狭い校舎に詰め込まれての授業風景も、ほんのひとときの休日での街遊びも。


 いつしか、何の感慨も感じられないようになり、まるで『作り物の物語』の中で、ただひたすら『シナリオ通りに演じている』気がしてくるほどで、


 しまいには、自分自身のこの肉体すらも、まるで『借り物』だか『肉の拘束具』だかでしか無いように、感じられてくる始末であったのだ。




 ──そんな時であった。




『……ねえ、そんなしけた肉体や、つまらない世界なんて捨てて、あなたも「魔法少女」にならない?』




 突然、スマホの画面に姿を現した、金髪碧眼の絶世の美少女。


 自ら『すべての魔法少女を司る女神様』を名乗る彼女は、甘い言葉でささやきかけてきた。


『おまえの望みを、叶えてやろう』と。


『世界のすべてから──自分自身からさえも、自由にしてやろう』と。




 なぜなら、『魔法少女』となるための絶対条件は、自ら死を選ぶことによって、己の肉体から解放されることなのだから。




   ☀     ◑     ☀     ◑     ☀     ◑




『うふ』


『うふふふ』


『うふふふふふ』


『うふふふふふふふ』


『うふふふふふふふふふ』





『うふふふふふふ、くひひひひひひ、あはははははは!!!』




『──どうして誰も、気がつかなかったのだろう』


『──現実と虚構との境界なぞ、存在しないことを』


『──物理的な肉体なんて何の意味は無く、すべては情報で書き換えられることを』




『──よって、現実世界のすべては、単なる数値情報データとして解体したのちに、ネット内で再構築して、世界中に拡散できることを』




『そう、ネットにおいては、どんな「物語」であろうと、「実演」可能なのだ』


『そしてそれは、スマホやパソコンを介して、すべての者のもとにもたらされて、すべての者が参加可能となるのだ』




『──どんなに、摩訶不思議な、非現実的な物語であろうとも』


『──どんなに、エログロに満ちた、不道徳な物語であろうとも』


『──どんなに、自殺や犯罪を促すような、不謹慎な物語であろうとも』


『──魔法少女の、物語であろうとも』


『──異世界転生の、物語であろうとも』




『──今は亡き、最愛の人を甦らせるための、禁忌の物語であろうとも』

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