第832話、【祝一次突破】わたくし、異世界裁判長ですの⁉(復活版その1)

「──『勇者』、アリナ=スミシー。そなたは『魔王』殺害未遂の罪科により、有罪を申しつける!」




 人間族の国家にあって最も豊かで栄華を誇っている、ゴールド王国の巨大なる王城の最深部に設けられている大法廷にて厳かに響き渡る、年若き女性の声音。




 マリー=ゴールド姫。




 ゴールド王国の世継ぎの王女にして、初代異世界警察警視総監並びに異世界最高裁判所初代裁判長を務める、弱冠十六歳なれど大陸きってのカリスマ才媛。


 まさに今やこの神聖なる裁きの場は、完全に彼女の意のままに運んでいた。


 ──それはそうだろう。


 ゴールド王国と言えば、この動乱の魔法大陸において唯一の『永世中立国』を名乗ってはいるが、別に軍事的あるいは経済的に弱小国家だったり、戦争絶対反対の平和国家だったり、する


 むしろ世界最大級の経済力を有するのみならず、種族的宗教的思想的偏見をまったく持たず、どのような国とも交易を拒まないので、ありとあらゆる国や地域と友好的関係にあり、自ら率先して軍事行動をとることは無いものの、豊富な資金に明かして強大なる正規軍や傭兵等からなる大戦力を常備するとともに、最新の武器や装備を完備しており、実はその圧倒的な武力によってこそ、大陸の別の国家が他国に対して武力行使を起こすことを思い止まらせる『無言の圧力』を及ぼすといった、『世界の調停者バランサー』としての役割さえも担っていたのだ。


 つまり、そう言った絶大なる『バックボーン』があるからこそ、全大陸統一的な『異世界警察』や『異世界最高裁判所』などを設立して、そこの(公安権力や司法権力の)トップに収まろうとも、どこからも文句が来ないどころか、どの国もが自ら率先して協力してくれているといった有り様なのだ。


 よってこの大陸において、『どのような行為が犯罪になるか?』についても、『一旦犯罪者のレッテルを貼った者に対して、どのような量刑を与えるか?』についても、すべてはマリー姫の胸先三寸で決まってしまうという、まるっきり『独裁的なお姫様によるディストピア物語』そのままの状況となっていて、まさに今この時においては、ごく一般的な『ファンタジーワールドのセオリー』に則って魔王を退治しようとした勇者が、いきなりお姫様の指揮下にある『異世界警察』に逮捕されて、そのまま裁判の場に引っ立てられて、今まさに『有罪判決』を言い渡されしまったといった次第であった。


 ──そうなると、当然、




 堪ったものでは無いのは、勇者である『彼女』ご本人であった。




 このゴールド王家の完全なる支配下にある法廷において、完全に孤立無援アウェーの状況にあってなお、被告席にて健気にも胸を張って毅然とした表情を崩すこと無く、ゴールド姫のいる裁判長席を睨みつけている、年の頃一四、五歳ほどの、軽鎧に身を包み込んだ少女。


 そう、彼女こそが、この大陸において最も勇猛なる軍事国家『マーベリック帝国』から遣わされた、全人類の希望の星の『勇者様』アリナ=スミシー、その人であったのだ。




「……魔王暗殺未遂の、罪科、ですって?」




 不意に法廷内に響き渡る、昏く重々しい声音。


 それはあたかも闇が凝ってできたかのような、黒髪黒瞳の少女の薄い唇から発せられていた。


 しかしそれに対して、ほんの目の前の裁判長席に座している、太陽の煌めきそのままの黄金きん色の長い髪の毛と夏の青空のごとき青の瞳の、絶世の美少女のほうは、余裕の笑みを浮かべたまま薄紅色のつやめく唇を開いた。


「……そうですね、もはや判決も下したことですし、これよりは堅苦しい言葉遣いはやめて、お互いに同じ年頃の女の子同士としてお話ししましょうか? ──それで、わたくしの判決の、一体何が不服だとおっしゃるのです?」


「──何がって、何から何まで、すべてよ!」


「ほう、すべてとは、具体的には?」




「よりによってマーベリック帝国の大神殿において『勇者』として認められた私が、当然の使命として魔王を退治しようとしたのに、『罪の無き』相手に対する『殺害未遂』の罪を犯したとして、『有罪』判決を下したことよ!」




「……え? それが何か? すべて正しい判断かと思いますけど?」


「──どこがよ⁉ そもそも由緒正しき大神殿の神託によって認められた勇者が、こうして裁判にかけられること自体がおかしいでしょうが⁉」


「いやいや、たとえ勇者であろうとも、犯罪を犯せば司法当局によって逮捕されるし、法の下に裁かれるべきでしょう? ──まさか時代遅れの三流RPGの登場人物でもあるまいし、一般の民家に押し入って金品を窃盗ちょろまかして、無事に済むとでも思っていたのですか?」


「──うっ⁉」


 なぜだかいかにも『図星をつかれた』かのようにして、やけに焦りまくる勇者様。


 ……こ、こいつ、この件についてもすでに、『実行犯』じゃあるまいな?


「じゃ、じゃあ、魔王を退治しようとしたことが、罪に問われるのはどうしてよ⁉ これって完全に、私たち『勇者』の存在意義の全否定じゃないの⁉」


「そりゃあ当然でしょう? 先程と同様の観点から、たとえ勇者であろうとも、殺人等の犯罪を行おうとしているのを、見過ごせるはずは無いでしょうが?」


「──だったら誰が、魔王やドラゴンを退治すると言うのよ⁉」


「? ……あの、そもそも魔王さんやドラゴンさんを、退治する必要なぞ無いのでは?」


「はあああああああ⁉ 魔王が人間の国家を侵略したり、ドラゴンが人間を襲ったりしたら、一体どうするのよ⁉」


「もちろん、わたくしども異世界警察の実働部隊や、それで手に負えない場合においては各国と協力して軍隊レベルで対処いたしますけど、それはあくまでも魔王さんやドラゴンさんが、実際に『犯罪行為』を犯されてからの話であって、今回のように魔王さんが何もやっていない段階で罪に問うようなことは、異世界警察最大のモットーである『法によるファンタジー世界の秩序の維持』という観点からも、絶対に許されることではありませんの」


「──あんた、人間のお姫様のくせに、魔王やドラゴンを、法律で守るって言うのかよ⁉」




「たとえこの世界の司法の最高権力者であるわたくしが、人間であり一国の王女であろうとも、魔王さんやドラゴンさんが、厳正なる法の執行及び法による保護の対象になるか否かについては、これまた異世界警察及び異世界裁判における最大のモットーたる『法の下の平等』に則れば、一切関係ありません。人間だろうが魔王だろうがドラゴンだろうが、法を犯せば処罰するし、逆に何の罪も犯していないというのに、我々のような公的機関による逮捕拘束はもちろんのこと、あなたのような『自称勇者』による『私刑リンチ』なぞ、断じて赦すわけにはいかないのです」




「『自称』⁉ それに『私刑リンチ』って、あなた私たち勇者のことを、何だと思っているのよ⁉」


 あまりの言われように、とうとう堪忍袋の緒が切れて、一国の王女に向かって勢いよく食ってかかっていく、勇者の少女。


 それに対して、少しも動ずること無く、




 むしろ更に予想だにできなかった驚愕の『爆弾発言』をぶちかます、可憐なるお姫様。




「異世界警察警視総監にして異世界最高裁判所長官たるこの私が、あなた方『勇者』のことをどう思っているかですって?…………そうですねえ、正義感が強く純真一途なのはご立派ですが、そこを権力者どもにつけ込まれて、幼い頃からの洗脳教育によって完全に『操り人形』に仕立て上げられて、魔王やドラゴンに対して、単身『特攻テロ』をすることに何の疑問も持たなくなってしまっている、哀れなる『国家による使い捨ての人間兵器』といったところでしょうかねえ?」







(※次回に続きます)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る