第698話、わたくし、死と再生のヴァルプルギスですの♡(前編)

 聖レーン暦2681年、5月1日。


 毎年恒例の魔女の祭典、『ヴァルプルギスの夜』の翌日、早朝。


 魔法大陸エイジア東方海上、弓状列島ブロッケン皇国。


 別名、『大いなる魔女たちの牢獄』。




 今ここは、文字通りに死屍累々と、無数の屍が折り重なった、地獄絵図と化していた。




「──これは一体、どういうことなんだ⁉」


「魔女どもが九条列島内で、集団自殺だと?」


「よりによって、年に一度の『ヴァルプルギスの夜』にか⁉」




 所変わってここは、エイジア大陸東部最大の人間ヒューマン族の領域、神聖帝国『ёシェーカーёワルド』。


 現在ここ帝都『ホクト』の国防省最上階の大会議室では、最高幹部たちの怒号が鳴り響いていた。


 それも、そのはずである。




 ──何せこの世界において、魔女ほど、自殺とは縁遠い存在はいなかったのだから。




 何よりも、強大で、


 何よりも、凶悪で、


 何よりも、残虐で、


 何よりも、冷徹で、


 何よりも、尊大で、




 たとえ他の種族がすべて滅びようとも、彼女たちだけはこの世の終わりまで、この世界を支配し続けるものと思われていたのだ。




 事実、ほんの数十年前まで、魔女たちこそが、この惑星ほしの支配者であった。


 人間ヒューマン族やエルフ族や魔族等の高等種を始めとして、すべての他種族が皆等しく、彼女たちの奴隷であり続けていた。


 ──当然である。


 魔女たちからすれば、自分たち以外の種族なぞ皆、取るに足りない有象無象に過ぎなかったのだから。


 実は、絶対的強者は、けして『差別』なぞしないのだ。


 自分たち以外の種族は、すべて下等生物であり、支配し隷属させるとともに、対象でしか無かった。


 実際彼女たちは世界征服ののちには、一部の王侯貴族等の特権階級以外は文字すらも読み書きできない貧困層しかいなかった、東エイジア大陸においては、劣悪な身分制度を解体させて、万民を『平等に奴隷にして』、教育や文化的な生活を与え、魔女の強大な魔法によってインフラを整備してやり、これまで家畜そのものだった下層階級や、人間ヒューマン族やエルフ族以外のオークやゴブリン等の被差別種族たちに、魔女たちとほとんど変わらない豊かで幸福な生活を実現してやったのであった。


 そのまま魔女の支配下に甘んじていれば、ほとんどの種族が幸福かつ平穏に暮らせていき、世界自体も平和であり続けたはずなのに、すべてはあっけなくぶち壊されてしまったのだ。




 ──一部の欲深き、慮外者たちによって。




 そう、かつての東エイジア大陸や半島の支配層である、皇帝や貴族や宦官や両班どもは、どうしても我慢できなかったのだ。


 かつて自らが支配していた平民や、奴隷階級だった他種族の者たちと、高貴なる自分たちとが、同等に扱われることに。


 そこで、志を同じくしている、かつて大陸の西域を広範囲に支配していた特権階級にして、上級の魔法種族たる『魔族』とも結託して、全世界規模の大反乱を起こしたのであった。


 ほぼ全種族による蜂起は、しかし残念なことにも、魔女たちの敵では無かった。


 あまりにも『種としての格』が、違いすぎたのだ。


 魔女たちはまったく本気を出していないというのに、必死に攻め込んでくる他種族の大軍のほうが、次々にあっけなく死に絶えていくばかりであった。


 ──それはもはや『戦争』とか『虐殺』では無く、単なる『屠殺』でしか無かった。


 なぜなら戦いに駆り出されたのは、かつての人間ヒューマン族やエルフ族や魔族の特権階級の者たち自身では無く、彼らに奴隷として虐げられていた平民や他種族の者たちばかりで、むしろ魔女による『解放』を歓迎していて、彼女たちに反逆することなぞ本望では無かったのだ。


 ……そんな何の意味の無い滑稽極まる『茶番劇』に、いい加減飽き始めた魔女たちは、自ら生まれ故郷の弓状列島へと帰りそのままひきこもり、すべての戦闘行為を放棄したのであった。




 ──しかしそれに対して、これまで圧倒的に不利な状況にあり、平民や他種族の兵隊たちの反乱すらも危惧され始めていた、人間ヒューマン族等の連合軍においては、これが最後の好機チャンスとばかりに、諸国の魔術師を一人残らずかき集めて、列島の周囲に強力な結界──人呼んで『九条の障壁カベ』を張り巡らせたのであった。




 さしもの魔女たちも、数万の魔術師たちの命と引き換えに構築された結界を破ることなぞできず、一応東エイジア大陸を始めとして世界中に平和が甦ったものの、一年において最も魔女の力が高まる、春の到来を告げる祝祭日である『ヴァルプルギスの夜』のみは、結界の拘束力が一時的に弱まり、魔女たちが皇国の外に出るのを許してしまったのだ。




 ただし、彼女たちが島外に滞在できるのは夜明けまでであり、いかに魔法の箒に跨がって空を飛べるとはいえ、その行動範囲はエイジア大陸東部に限定された。


 それでそんな貴重な一夜に、彼女たちが一体何をしているかと言うと、




 ──何と、『世直し』であったのだ。




 結局、世界の支配は、それにふさわしい能力と品格とを有する種族が担うべきであって、最高種族であるブロッケン皇国民である魔女たちが引き払った後の東エイジア地域においては、下等種族のくせに勘違いしたエセ支配層である、宦官や両班が復活して圧政を行い始めたのであるが、半島エルフ族どもは同じ種族で北と南とに別れて争い始めて、大陸東部最大最強を誇る神聖帝国『ёシェーカーёワルド』においては、ついに平民階級が革命を断行して宦官たちを追放したのであった。


 そのような体たらくなので、それ以降も『真のあるじ無き』東エイジア地域においては、『平和と安定』はまったく望めず、半島ではかれこれ70年もエルフ族同士で骨肉の争いをし続けていて、革命をなした『ёシェーカーёワルド』においても、自分たち白色人間ヒューマン族以外の少数種族に対しては、血の涙も無い搾取や弾圧を行っていたのだ。


『御主人様』である魔女たちがいなくなった途端の、惨憺たる有り様であったが、もはや他人事に過ぎず、基本的に冷酷無情と思われている魔女たちは、気にもかけないものと思われていたものの、さに非ず。


 そもそも『王様』というものは、愚かで自分勝手な下々の者たちが争い続けているのは、非常に目障りで我慢ならないのだ。


 例えば『殺人罪』等の凶悪極まる犯罪に、『時効』などといったものが存在するのは、そもそも支配者にとっては、下々の者たちが『どうでもいいこと』で、いつまでも争い続けることによって、社会が不安定になるのは何かと都合が悪いので、法律を定めて強引に『係争状態』を解消させているのだ。


 更には、元来魔女というものはおしゃべりで、しかも芸術に造詣が深く、何だか暗く不自由なイメージのつきまとう魔女の皇国ブロッケンだが、全世界的にも希な完全なる『言論の自由』と『表現の自由』とが実現されており、自分たちの支配から独立するやたちまちのうちに、全体主義や共産主義や分断国家や軍事政権となり、国民の言論や表現の自由を厳しく制限し始めた、神聖帝国『ёシェーカーёワルド』やエルフ半島の支配層の暴挙は見過ごすことができず、唯一東エイジア大陸に進出できる『ヴァルプルギスの夜』には、各種族のレジスタンス組織と呼応して、支配層側の弾圧組織の根絶に勤しんでいたのだ。


 ……とはいえ、何分魔女が大陸へと赴くことができるのは、年に一度の『ヴァルプルギスの夜』のみに限られているので、神聖帝国『ёシェーカーёワルド』やエルフ半島の政情の抜本的改革どころか、現に圧政に苦しんでいる平民や他種族の者たちを救済することさえ叶わず、次第に『九条の障壁カベ』そのものを取り除くことを画策するようになっていった。


 それと言うのも、構築より70年以上も経ち、『九条の障壁カベ』自体がほころび始めており、このままでは魔女たちの強大なる魔力による力押しで崩壊しかねず、大陸側の支配者たちは戦々恐々の有り様となっていた。




 そんな矢先の、今年の『ヴァルプルギスの夜』であったが、




 ──何と驚いたことにも、魔女たちが列島内において、全員自殺したとの情報が舞い込んだのであった。

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