第625話、わたくし、この聖なる日に、心臓(型チョコレート)を捧げますの♡

 ここは二月某日深夜の、異世界某国のお嬢様学園『リリィーアンアン』高等部の、寄宿舎の一室。


 魔法大国ホワンロン王国からの留学生である、わたくしこと筆頭公爵家令嬢アルテミス=ツクヨミ=セレルーナは、何とも言えない寝苦しさと、自分に呼びかけてくるささやき声によって、不意に目を覚ました。




「──ああ、アルテミスお姉様、ようやくお目覚めですの?」




 最初に目に入ったのは、縦ロールの黄金きん色の髪の毛に縁取られた、端整なる小顔の中で妖艶に煌めいている、サファイアの瞳であった。


「……さんひめ、様?」


「嫌ですわ、お姉様、わたくしたちの仲ではございませんか? 『姫』だの『様』だのと、他人行儀な。──どうぞわたくしのことは、いつものように、『』と及びくださいませ♡」


「──いや、わたくしこれまであなたのことを、『サノコ』とかお呼びした覚えは有りませんわ⁉ 一体どの『世界線サクヒン』のお話しですの⁉」


 そのようにまくし立てながら、ベッドに横たわったままの上体を、起こそうとしたところ──


「うぐっ⁉」


 耳障りな金属音とともに、首元と手首と胴体とに、激痛が走った。


「──なっ⁉」


 見るからにごつく頑丈そうな金属製の鎖で、ベッドへと繋ぎ止められていた、頭部と四肢と胴体。




 ──そして、ゆっくりと剥ぎ取られた毛布の中からさらされる、一糸まとわぬ幼い肢体。




「……これは、一体」


「アルテミスお姉様が、悪いのですよ?」


「え?」




「せっかくご一緒に憧れのリリィーアンアン女学園へと留学できたと言うのに、お姉様お一人だけ、由緒正しき『の巫女姫』であられるがゆえに、学園きっての人気者となられて、超おハイソなお嬢様だけが出入りできる『ガチ百合会』のサロンにおいて、『厨二ポエム』三昧の毎日に浸りきって、勉学についていけず補修三昧のわたくしのことなぞ、ほったらかし。──もう我慢なりませんわ! お姉様には今から『わた流し』の刑を行使して、じっくりと反省していただいてから、こんなガチレズ学園なんて退学して、一緒にわたくしたちのホワンロン王国に帰りましょう♡ ホワンロン王国、サイコー! ホワンロン王国、サイコー! ホワンロン王国、サイコー! さあ、お姉様も、『ホワンロン王国、サイコー!』と、おっしゃってくださいませ!」




「──やめろ! この作品は『オリジナル』だと、何度言えばわかるんだ⁉」


「おほほほほ、冗談でございますわよ、冗談」


「あんた生粋のお姫様だけあって、『お嬢様言葉』だし、わたくしのほうもホンマものの『巫女姫』だしで、洒落にならないのよ⁉ いいからさっさと、『本題』に入れ! こんな真夜中にわたくしの寝込みを襲って素っ裸にして、鎖でがんじがらめにベッドに縛りつけて、一体何のつもりなのよ⁉」




「──それはもちろん、ヴァレンタインデーだからに、決まっているではございませんか?」




 ………………………は?




「おや、何をさも意外そうなお顔を、なさっているのです?」


「い、いや、ヴァレンタインデーって、確か一昨日だったんじゃないの?」


「それはほら、当日においてはいろいろと災害が起こって、被害に遭われた方も大勢おられることですし、このような不謹慎な作品を広く公開するのは、さすがにあのアホ作者でも、はばかれたようでして」


「──不謹慎という自覚があるのなら、そもそも作成したりするなよ⁉」


「そう言わずに、わたくしの『愛のチョコレート』を受け取ってくださいまし。心を込めた、力作なのですから☆」


「この素っ裸で、ベッドに繋がれた状態でか⁉」


「まあまあ、お気になさらずに、これも『演出』の一つに過ぎませんので」


「──気にするよ! それに何だよ、『演出』って⁉ 一体どこの世界に、お姫様が悪役令嬢を裸に剥いてベッドに縛りつける、ヴァレンタインデーの演出があるって言うんだよ⁉」


「? 現在の日本の乱れきったヴァレンタインデーにおいては、恋人同士の間で、こういった『趣向』を凝らすこともあり得るのでは?」


「──うっ」


 ……た、確かに、そう言われてみると、けして皆無とは言えないぞ?


 クリスマスにおける、聖夜ならぬ『性夜』のイベントといい、どこまで西洋文化を愚弄すれば気が済むんだ、現代日本人は⁉


「西洋文化ならぬ、『性用』文化だったりして♡」


「やかましい! 勝手に人の心を読むなよ⁉ それにそもそもわたくしたちは、恋人同士じゃ無いわ!」




「──大丈夫です、今宵こそわたくしたちは、身も心も『真の恋人』になるのですから!」




「うぐっ⁉」




 ほんの目と鼻の先の至近距離で、わたくしに覆い被さるようにして見つめている、青白い炎のごときまなこは、狂気を感じさせるほど真剣であった。




 ──ひいいいいいいいいいいいいいいいっ⁉


 本気だ、


 ヤツは、本気だ!


 ……オーかされる、



 今夜、わたくし、妹分のようなお姫様から、オーかされてしまいますわ⁉




「くくくくく、そう怯えなくてもよろしいでしょうに。ご安心をお姉様、『お楽しみ』はのちほどと言うことで、まずはわたくしの愛のチョコレートを、お受け取りくださいませ♫」


 そう言って差し出された、それまでずっと背中に隠されていた、彼女の右手に握られていたのは、




「──ちょっと何ですのその、真っ白い箱の中から真紅の液体を垂れ流しながら、ドクドクと脈打っている、いかにも物騒な物体は⁉」




「え? もちろんわたくしの手作りの、『ハート型チョコ』ですけど?」


「それもう、ハート型と言うよりも、ガチで丸ごと『心臓』が入っているんじゃないのか⁉」


「ちゃんと、チョコレートソースも添えておりますので、『心臓ハート型チョコ』であるのに、間違いありませんことよ?」


「──はっ! そ、そういえば、同室のユーちゃんはどうしたのです⁉ こんな真夜中だというのに、何でお姿が見えないのですか⁉」


 そうなのである、ふと気がつけば、隣のベッドは、もぬけのからであったのだ。




「ベンジャミン公国の世継ぎの姫君、ユーディ=ド=ベンジャミン殿下におかれましては、このチョコレート作りにご協力いただきましたの。──主に、『材料』として☆」




「──つまりその心臓は、ユーちゃんのかああああああ⁉」




「……わたくしを差し置いて同室になられて、わたくしからお姉様を奪うなんて、たとえ他国の姫君であろうが、万死に値しますわ! せめて死んで身体の一部を、わたくしの愛のチョコレートの材料に提供なされて、罪を償うがよろしくてよ⁉」


「第三者をダイレクトに巻き込んでいる時点で、もうあんた『ひぐ○しのなく頃に業』の沙○子ちゃんを、完全に凌駕しているよ⁉ どうしてそこまでガチの、『猟奇系ヤンデレキャラ』になっちまったんだ⁉」


「実は今回のヴァレンタインデーに合わせるようにして、『ひぐ○し』だけでは無く、『スクールデ○ズ』や『BL○○DーC』や『鷲○須美は勇者である』等々の、無料全話配信が始まって、時ならぬ『鬱系グロアニメ祭り』となってしまったのございますわ!」


「どうしてヴァレンタインデーに、そんな嫌がらせをするの⁉」


「そりゃあ、ユーザーのニーズに合わせた結果ですわよ。そもそもヴァレンタインデーやクリスマスにおいて、動画サイトのアニメチャンネルにアクセスするような方々って、全員が全員、非モテ──」


「──それ以上は、いけない!」


「……とにかくお姉様は、この特製チョコレートを召し上がりになって、ユー様と永遠に決別なされれば、それでよろしいのですわ!」


「いやむしろ、身も心も一体化しそうなんですけど⁉ それはそれでカニバリズム的に、絶対嫌あああああああああ!!!」


「あ、こら、無駄な抵抗をせず、わたくしの愛のチョコレートを、お食べくださいませ!」


「うわっ、血糊が口に入りそうになった! ──もうこれある意味、『わた流し』のシーンよりも、遙かにグロいんじゃないのか⁉」


 そのようにわたくしたちが、真夜中の女学園の寄宿舎のベッドの上で、(お色気まったく無しの)組んずほぐれつの大乱闘を繰り広げていた、


 ──まさに、その刹那であった。




「……いい加減、うちの心臓で、遊ばないで欲しいんやけど?」




 唐突に室内に響き渡る、第三の声。


 振り向けば、そこにいたのは、


「…………ユー、ちゃん?」


 そう、入り口近くの暗がりにいつの間にかたたずんでいたのは、わたくしの同室の女生徒であった。




 ──これ見よがしに目に飛び込んでくる、真っ赤に染め上げられた、純白の夜着の胸元。




「「嫌あああああああああああああ、オバケええええええええええ!!!」」




 思わずベッドの上で抱き合って絶叫する、ホワンロン王国出身の二人。


「コラ、真夜中にそんな大声出したら、ご近所迷惑やろが?」


 そのように『異世界関西人』らしく、ボケながら近づいてくる、ユーちゃん。


「ご、ごめんなさい! 心臓をくりぬいたりして、申し訳ございませんでした! だからこっちに来ないでええええええええ!!!」


「ゆ、ユーちゃん、幽霊なの⁉ それともゾンビなの⁉ 悪役令嬢なのに関西弁で、しかも米軍シールズ仕込みの戦闘能力を誇るミリタリィガールでありながら、その上更に、『属性』を増やすつもり? どこまで欲張りなのよ⁉」


 もはや完全に気が動転して、あらぬことばかり口走り始める、三の姫とわたくし


 それに対して、またしても予想外のことを言い出す、目の前の血まみれの少女。




「は? 幽霊? ゾンビ? 何を言っているんや? うちはちゃんと、生きているで?」




「「………………へ?」」


 呆気にとられるわたくしたちを尻目に、いかにも見せつけるように、中身が空っぽの胸を張る、同室の女の子。


「生きている、って……」


「心臓をえぐり出されているのに、ですか⁉」


「うちら『六甲の民』が、心臓が無くなったくらいで、死ぬはず無いやろが!」


「「六甲の民?」」




「そうや、六甲──すなわち、第六号重機甲兵器『ティーガー』を、すべてに優先して信奉している、うちら異世界関西人のことや! 我々『ティーガーキチ』は、生まれながらにして六甲に『心臓を捧げている』から、今更心臓を奪われようが、ビクともしないんや!」




「「結局今回も、『進○の巨人』ネタかよ⁉」」


「──コラあっ! 何が『巨人』や、ワレえ! Me型の323『巨人ギガント』は、うちら『六甲の民』の天敵やで⁉ 今度その名を出したら、禁断の最終奥義『六甲おろし』を発動して、世界もろとも滅ぼすからなあ⁉」


「『進○』と『タイガース』と『ドイツ軍』との三つのネタを使って、これほどまでにガッチリとエピソードをまとめ上げるなんて、どこまで『二次創作パロディ』の才能があるの、この作者って⁉」


「……二次創作では無く、あくまでも『引用』な? それにしても、ユーちゃんの本編途中からのいきなりの『関西人設定』って、こういう時のための伏線だったのか⁉(違います)」


「ごちゃごちゃ言っていないで、うちの心臓、返してんかあ?」


「「あ、はい、どうぞ!」」


「うん、さすがにこのまま胸に埋め込むだけじゃまずいから、学園のほうの医務室行ってくるわ。うちが帰ってくるまでに、ちゃんと室内の血糊とか掃除しとくんやで?」


「「はっ、仰せのままに!」」




 そう言って最敬礼するわたくしたちを一瞥するや、さっさと部屋を出て行く、どこからどう見ても『瀕死の重傷者』であるはずの少女。




 ……そのあとは当然のごとく、せっかくのヴァレンタインデーだと言うのに、徹夜で部屋の掃除に明け暮れた、わたくしと三の姫であった。











「──いや、わたくしも完全に被害者なんだから、別にこんなペナルティー、応じる必要は無かったよね⁉」

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